神代のルーン使い 第9話

レイ。

それがこの娘の名前らしい。

苗字は……ウォーカーworker


即ち、レイ=ウォーカーRay worker


グレイ=ウォーカーGray workerと似た名前で、同じ苗字である。

そしてグレイをお父さんと呼ぶその小さな女の子を、当然にもグレイは知らない。

今までの人生に置いて子供ができるような行為をしたことも、その様に女と知り合ったことも一度もなかったから。

……いや、師匠の付き添いだった女性たちとは知り合いではあるが、やはりそんな事にはならない。

そもそもから。

……話を戻そう。

このレイという娘がグレイの事を知っていた。

というより、自分がグレイの娘であるのだと確かに認識しているとわかった。

けど、それだけだ。

グレイの事以外は何も知らない。

グレイを父だとするなら、母の方をまったく覚えていないというのだ。

母も、自分が住んでいた家も。

着ていた服を見ると決してとは言えないが、最低でも貴族でなければ買う事も出来ないほどの値段だとわかった。

また貴族絡みか。と、悩むことはしなかった。

寧ろグレイはレナと名乗った彼女の話しを思いだす。



「……」

「……どうしたの? お父さん」

「俺をお父さんと呼ぶな」

グレイが悩んでる様子にレイが声をかけるも、グレイが言い返す。

「いいから、食べてろ。それとも不味いのか?」

「ううん。美味しい」

と言ってる割には決して美味しいって顔をしていない。

フォークを動かす動きも遅かった。

「…美味しくないんなら口に入れる必要なんてないぞ。女将さんの手料理は他と違うらしいからな」

真昼とき、グレイは冒険者の町のど真ん中にある食堂でレイを連れてきていた。

真っ先にここへ来たのではない。






レナと名乗る彼女とシズクってメイドははすでにこの宿を去っていた。

なんの痕跡も残さず。

グレイが張っていた結界すらもすり抜けて。

しかも、真夜中で捕まえて置いたリックとその仲間が消えていた。

縄は見当たらない。

自分たちで逃れられたのか、レナとシズクが何かやって連れて行ったのか。

この宿にいるのは女将と、まだ寝ているその娘。そしてグレイとレイだけだった。

その上で大きなテーブルが置いてあるここ、ロビーに集まっているのは女将とグレイ、レイの3人だけだった。

「えっと、レイちゃん?」

「はい!」

女将さんの言葉に元気よく答えるレイ。

女将はグレイに見せるようにグレイの方へ指さして、「レイちゃん、お父さん以外には覚えてないの?」と聞く。

先にグレイから聞いた、自分の名前とグレイの事以外は何も知らないのを確認の為にもう一度聞く。

「……はい」

さっきと違って低く答えるレイ。でも、女将さんの言葉を肯定していた。

チラッとグレイの方を見て「……お父さん」と呼ぶ。

「……俺をお父さんと呼ぶな」

レイがグレイをお父さんと呼ぶ度にこうして返していた。

「グレイくん、どうしましょう」

「……」

下手に答えられなかった。

普通なら冒険者ギルドで子供の親を探す依頼などを出す所だろう。

それが苦しい事に、グレイはの話を聞いている。

その話しに信用も確証もない話しであるが、もしそれが事実で下手に動いてしまったらレイが大変な目に合う。

ならどうするか。事実、答えは決まっている。

「……この子を親の元へ帰す」

「でも、この子自分の事なんてまるで知らないんですよ? それに、グレイさんの事を本当のお父さんて思ってますし――」

「俺に実の父親はいなかったし育ての親父と師匠はいたけど、いきなり出会ったばかりのまったく知らない子供にお父さんとか言われる筋合いはない」

顔色一つ変えずにレイの前でそんな言葉を口にするグレイは「それに」と付けて。

「……親の事を知らない子供の家探しは今もやっている」

頭痛がしそうで手で頭を抑える。

「……」

「……」

一応見てみたレイの顔も、グレイに視線を向けているまま何も変わらなかった。

「……ふう」

子供のする反応なのかと、ため息が出る。

「……とりあえずお腹空いたでしょう? 私から特製のオムレツの朝食ごちそうしますね!」

「ああ、悪い。この子に頼む」

「いいえ、グレイさんにもですよ」

食べてくれないとダメ、と言う様な顔をする彼女に「……いただく」と返す。

……とは言え、善意で作ってくれる料理に文句など出るはずもない。

あの師匠化け物にもそう叩き込まされたから。


――――ちなみに、女将さんの娘さんはこの時間も寝ていた。





そして女将の特性オムレツを食べた朝から午前に。

レイという子供と一緒にギルドに着いた。

周りからザワザワと小声で五月蠅い。

受付所に着くと、受付員が「お助けが要りますか?」と少し驚いた顔で落ち着いた声で話す。

……まあ、いい。

「迷子の子探し依頼を出したい。内容は――、でだ」

「はい、依頼の申請ですね」

受付員は結構大きな羊皮紙を取り出す。大きくはあるけど、材質はよくないように見える。

「ここに内容について詳細をかく必要がございますが、読み書きの代わりが要りますか?」

……いつものグレイならここで代わるだろう。

と、グレイは受付所の羽ペンを掴んで返事する。

……またザワザワした声があがる。

読み書きはできていた。ルーン文字の基本条件の一つで文字の理解が必要である。

今までそうしなかっただけだ。

面倒事は御免である。

こんなにざわざわしているのは、冒険者の中で読み書きができるのはお金持ちの冒険者か、貴族出身か、頭がいい盗賊職に探偵職に限られる。

つまり、読み書きができると知られる時点で面倒事がいくつも予想される。

……しかし、これはグレイがやらなければならなかった。

レイの事を……声で喋るのは拙い。

グレイが羽ペンで文字を綴る様子を受付員がさっきよりも驚いている。

「……文字の書きが出来たんですね」

「……」

返事したくない。

「それに……文字が綺麗です。」

やめて欲しい。

「……どうして教えてくれなかったんですか? 書きが出来てもいい報酬の依頼を――」

書き終えた依頼書の紙の上にペンを『たっ!』と響くように強く手のひらで置く。

「……うるせ」

心底機嫌が悪い表情で受付員を睨む。

気迫に負かれたのか、それとも反応を思いもしなかったのか「……はい」と短く答える。

次に表情を変えないまま、グレイはペンから手を放して懐から5万Gの袋を依頼書の上に今度は優しく置き、「これは依頼の報酬」そしてまた5万Gの袋を置いて「これは詫び代だ」と睨んだまま依頼書の上に置いた。

「……報酬額受け取りました。ありがとうございます」

受付員が頭を下げる。

感謝の意味を持つ挨拶だが、その口が「っち…」と、ほんの僅かに見えたのがわかる。

……俺を利用しようとしてたな。と、予感が少しだけ当たっていた。

グレイは他人の悪意に妙に鋭かった。

しかし依頼の目的は終わった。もうここにいる理由はない。

予想が当たってちゃんとが来るなら問題はない。

予想が外れれば、その時はその時だ。

「行くぞ、レイ。腹減ってないか」

「減った!」

と、本物の親子みたいに一緒にギルドを後にする二人は――。



真昼とき、グレイは冒険者の町のど真ん中にある食堂でレイを連れてきていた。

さっきまでの元気いっぱいで料理を美味しそうな目でみていたその顔は微妙な顔になっている。

それでも――。

「……もうほぼ全部食べたんだな偉いなお前は」

「えへへ」

グレイの言葉に笑みを作るレイ。

……なにがそんなに嬉しいんだか。

「……お父さんは食べないの?」

グレイを呼ぶレイに「俺をお父さんって呼ぶな」と答える。

「……」

お父さんと呼ぶ度に否定させてるからか、レイの表情が悲しそうに歪む。

「俺のことはいい。後で食う」

「……」

レイは何かを思いついたように、自分の皿に乗ってある最後のハンバーグをフォークでグレイに「はい!」と笑みで向ける。

「……」

これを見て意図がわからないグレイではない。

「お父さんにあげる!」

「俺をお父さんって呼ぶな」

レイをまっすぐ見て、もはや癖になれそうな言葉の次に「それと要らねえからお前が食え」と付ける。

そんな気分でもなければ、グレイは

けれど――。

「……一緒がいいもん」

「――」

悲しむ顔をしているレイの顔はただ泣き出しそうな子供のそれではなく、懇願すると言っているような顔だった。

そう、ただ父親におねだりするような子供のそれだった。

……仕方ない。

「わかった。ちょっと早いけど俺も食う。それでいいだろう」

「これも!」

またハンバーグを向ける。

「……わかった」

ああん、などしない。レイのフォークからハンバーグだけ取って口にいれた。

「美味しい?」

「……ああ。美味い」

小さなハンバーグを噛みながら、グレイはレストランのウェイターを注文をしようと……する前に誰かがグレイのところのテーブルに来ていた。

「……? ……また何の用だ」

ついため息が出てしまった。

ローブを頭まで被ったグレイより背が低い女子で、その横には……服装を冒険者のような軽装備にした背の高い女子だった。

というより確実に寝る前に見た顔だった。

「酷いですね。知っている人を見かけたから話しかけようと思うのは普通ですけど?」

「それは顔馴染みか友人に対しての事だ」

「じゃあ、昨日から顔馴染みですね、私たち」

と、彼女はレイが目に入る。

「……お子さんがいるのですか?」

「自分の親も覚えてない迷子のな」

「……お父さん」

「……お父さんって呼んでますけど」

「いい加減数え切れそうにないけど、俺をお父さんと呼ぶな」

ここまでくればもはやダジャレに近く感じる。

「この子はレイ。昨日の晩に気を失っていて親の事を覚えていない。しかもなぜか自分の親が俺だと思っている」

レイの事を簡潔に説明するグレイを彼女は一瞬疑う様に見ているものの、レイが怯える様にグレイの方へ隠れるように身を潜む。

「……事情はちょっと信じがたい内容ですが、まあ、その子があなたを頼るのはわかりました」

と、言いつつグレイのテーブルに座る彼女。

手を挙げてウェイターを呼び、注文をする。軽いパンとチーズに豚肉のベーコン、そしてソーセージ入りの野菜スープであった。

付き添いは「私は結構です」と言うにも「ダメ、あなたもちゃんと食べてね」と、主の彼女に止められる。

「……ではミートボールスパゲティーとコーンスープで」

「俺も注文する。パンと野菜スープで頼む」

ウェイターの「了解しました。少々お待ちください」と言って去っていき、「そんなメニューで大丈夫なんですか? 後でお腹減りますよ?」と聞かれる。

「気にするな。あんたには関係ない」

淡々な返事を返してグレイはを睨む。

「で、って名前だったっけ。また俺になんの用事だ」








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