神代のルーン使い 第6話
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「
グレイがリックと名乗る男に向けてそう口にした後に。
……せめてこいつの仲間は回収してやらんとな。と、一息吐いて歩き出した。
倒れ込んだ姿に、真夜中の風を浴びたら、さっきまで沸き上がった妙な盛り上がりが急に冷めてしまうのも感じて。
↑
――――――――――――――――。
回収というよりは一人づつ、やさしく連れて行くとか、やさしく運ぶとかではなく、一緒にいた奴らの服や足を連れて引きずるって感じである。
一人づつ運ぶと時間がかかりすぎるので当然だが、そもそも襲ってきた奴らなのでそこまでしてやる義理は微塵もないからだ。
リックと一緒に全員宿より離れた大きな木に置いて運び終えた。
置く……というよりは、引きずって投げ捨てたに過ぎないが。
宿に戻る頃には大分時間が過ぎていたと思うのだが、確かな確認手段がないからただそう感じてるだけだ。
それに、所詮はそれだけのことでしかない。
グレイ自身には何も感じられないのだ。
…………。
違うな。
そう思っているグレイ自身にも何故か自分もわからなかったが、さっきの様に気分が浮き立つ時がある。
どうしてだろう。
もうとっくに心は涸れ果てたと思っていたのに。
自分でもこれは悪くない感情だとは思っている。
ただ……虚無感の次に来るのは心を押しつぶす程の罪悪感であった。
そんな考えをしていたらいつの間にか宿に戻っていた。
もう少し宿に近づくと、さっきまで殴り合いをしていた跡が残っている。
痕跡――とはいえ、あのリックとか名乗ったあの男の魔術で白くなった草の事である。
あの杖が光る時の色からして冷気系の魔術だったと推測した。このまま放って置いても元通りに戻るだろう。
グレイは何も書いてない紙を一枚出して『火のルーン』を書く。
一応、熱だけを上げて融かす速度を上げるために。
紙が消えて草が元に戻ったのも見たグレイは再び宿に向かった。
宿のドアを開けて、中に入ると――……また不審者が出現した。
「……動かないでください」
……女の声だった。
「さっきの連中の仲間か?」
ぷちっ。
痛い。やはり刃物を向けられていたようだ。明らかに突かれて血が出ている。
刺された刃物はすぐ抜ける。
「質問はこちらからします。聞かれた事だけを答えてください」
正直この状況でこの女を制圧するのは容易いが、この女の殺気は本物だ。
殺気は本物だが、どこか必死さも感じる。
大人しく従うことにして両手を上げた。
「……よろしい」
この女はグレイが両手を上げるのを見て早速質問を始めた。
「あなたは冒険者ですか?」
「ああ」
「あなたのような冒険者の話しは聞いたこともありませんが」
「依頼なんてしないからな」
「冒険者は一週間単位で依頼をする、という規定があるのですが」
「最小限でやる依頼が掃除か図書館の仕事だからな」
「そんな人が一人で多数の魔術師を数分内で制圧するとか何の冗談ですか?」
「どっかの雑魚だったんだろう」
実際やってみて、グレイにとっては雑魚だった。
「……あなたは彼らが何者か知らないで制圧したのですか?」
「知らない」
彼らの狙いが何だったのかは知らないが、この宿にいるすべての人間は始末すると聞いた時点でグレイが彼らを放って置く理由など皆無だった。
「あなたは……自分が何に巻き込まれたのはわかってはいるんですか?」
「知らない」
本当に知らないのだが、グレイは‘あっちゃ…’と胸の奥が引っかかれる気分を味わっていた。
これは厄介な事に巻き込まれたようだ。……いや、向こうから面倒事が転がり込んできたって感じか。
「あんたは連中が何者か知ってる様に見えるが、教えてくれないだろうな」
「黙りなさい。質問にだけ答える様にと言ったはずです」
「あ、そう」
直後、グレイの姿が消えた。女の視線からはそう見えた。
――だが違う。グレイの上半身だけが見えなくなったのだ。
単純な理由、遠心力を利用したグレイの体は上半身を下に力いっぱい下したのだ。
そして遠心力によって作用する力で下半身があがった。
「きゃっ!」
上がった勢いでグレイの足一本はその力を乗せて踵による蹴りとなり、グレイの背中を狙っていた彼女の腕を攻撃し、その手に持っていた刃物……あの武器は? その武器は宿一階の天井に刺さった。
手を挙げていたおかげでその両手が地面とぶつかるはずの体を支える状態となって、グレイは顔面をぶつかれず自然と腕を足の代わりに使い、体を回転されて足を着地しては素早く右の太ももの鞘からナイフを取り出す。
そしてやっと別の武器を取り出そうとする女……うん?
「ごふっ!」
妙な恰好をしたその女に飛び掛かって首を一気に左腕で掴んだ勢いのまま床に倒れ込ませて最後にその顔を向けてナイフを付きつける。
ここまでの動き「あ、そう」の言葉からの動きは5秒。
本来ならここからさらに攻撃を加えて逃げられないようにするべきだった。
でも、グレイはしない。
グレイ自身の盛況や状況の異常さを感じていたからだ。
グレイに制圧され苦しんでいる彼女、の服。
「……メイド?」
どこをどう見てもメイドの姿をしている。
↑
油断した。
メイド姿の女が一瞬で思いついたのはそれだった。
後ろを取った、と思ってしまった事がそのまま油断となってしまった。
よく考えるべきだった。この男はかの『戦闘暗部』の隊長リックを体術のみで打ち負かした男だった。
魔術を使用する様に見えても、この男は魔術を使う事なくとも自分を平然と制圧してしまう実力者だった。
「コホっ……!」
別の武器を取るにも首を掴む手の力が益々強くなっていく。
そして自身の目先に刃が向けられている変な動きを見せたらこの男は早速も自分を打つと考えられた。
命を取るのか、は分からない。
メイド姿の彼女はグレイが戦闘暗部の者たちをどこに連れて行ったのは全く知らない。
グレイは分からないだろうが、彼女はただこの宿の中から外の状況を見ていただけだったから。
だから彼女は目先の男が何を考えているのは全然わからない。
ただ一つわかることは……。
今ここで私がやられてしまったら……お嬢様が危ない!
「動いたりしなければ……」
なにもしない、とグレイの言葉が終わる前にメイド姿の女は早速行動に出た。
彼女の左手の甲の下から何かが飛び出た。
「!」
グレイはすぐに認知した。刃物だった。この女、腕の中に武器を収納する装置を仕掛けて置いた。
だが、彼女の刃物はグレイに届くも前に無意味となった。
なにより左手だった事が悪手だった。
刃物は飛び出た途端にグレイのナイフによって壊れ……た?
否、グレイは動じなかった。しかし、彼女は一瞬グレイが手に持つナイフから何かが光ったら、直後に武器が斬られた様に切り分けられたのだ。
「クっ…!」
まだだ。まだ……!
「そこまでです」
「!」「!」
メイド服装の彼女とグレイは動きを止め、声の方向に顔を向けた。
また別の女性の声。しかし、敵意は感じられない声だった。
ナイフの向き先は変えず、グレイは片目だけを声の方に向けた。
そこにいたのは、ローブを着るみたいに布の覆いで体を包んだ女がいた。
↑
「出てはいけません! この者は危険です!」
「……」
グレイは一言も言わなかったが、この時彼は ‘先に武器を向けて刺したのが図々しいな’と思った。
「やめなさい。彼はただ自分の身を守るために武器を抜いたに過ぎません」
「……中々状況判断が早いな」
グレイの言葉にも動揺する姿も見せず、この状況にもむしろ「ふふっ」と、余裕を張る。
中々肝がデカい人物と見える。
「あなた程の腕ならいつでも反撃できたでしょう。いいえ、そもそもあなたは最初から私たちに気付いていたのでしょう?」
「女将さんが客がきたと言ったときから警戒はしていた」
女将には悪いと思うが、こんな人の足が来ない宿に自分以外の客など一切なかった。
しかし、あのリックと名乗った男の狙いだったのかは不明だった。グレイが連れてきたあの白いドレスの女の子が狙いだった可能性もあったからだ。
「こうしてみると、あんたらがあのリックとかって奴の狙いだった様だな」
「ええ……、この先はこんな所ではなんですので、こちらの部屋でお話しします」
そう言いつつ、彼女は「ですので、どうか彼女を離してくれますか? 無礼を承知でも、彼女の主たる者としてお願いします」と、頭を下げた。
「……」
妙に気品が感じさせながらも、高い身分のようでいて謙遜だ。そしてどこか余裕がある。状況把握が上手く、頭も回るようだ。
グレイはすぐナイフを――自身の太ももにある鞘に戻してメイド……の彼女から離れた。
メイドは起きながら軽く咳いた。グレイの方は力を強く入れたつもりではなかったが、メイドの方は首に力を強く入れていたようだ。
グレイがメイドから離れてもう争うつもりはないと思ったのか、ローブを被った女が「ありがとうございます」とお礼を表わした。
しかし。
「黙れ、礼なんかいれねえ」
暴言。それと伴い今もお前たちを疑って警戒している、と言っている様にグレイはローブを被った女を険悪に睨んだ。
……本人としてはただ睨んだに過ぎないが、もともと険悪だった顔の表情と目の曇りのせいでさらに怖い顔に見える。
グレイのこの顔はローブを被った女も怖がった。
「ついでに、俺はあんたらがどこの誰なのか知りたくもないし、どういうつもりなのか知りたくもなければ、微塵も関わりたくもない。できるんなら話しなんかしないで直ちに俺の目の前から消えてくれるとありがたい」
「……」
「……この無礼者が!」
「やめなさい。これ以上彼を刺激しないで」
「お嬢様……ですが!」
「これは命令です。どうか、いまはじっとしてて」
「……承知しました」
ローブを被った女が必死でメイドを止める。グレイの方からは知った事ではなかったが、何か事情があるに違いないだろう。
メイドを止めて、ローブの彼女は再びグレイの方を向いた。
「あなたのお気持ちはわかりました。ですが、どうか話しを聞いて欲しいです。そしてこの問題は、すでにあなたにも無関係な事ではありませんから」
「……」
それもそうだろう。グレイ自身がすでに巻き込まれたのだから。
だが、どんな裏組織だろうがもう関わらなければ……。
「あなたが制圧した彼らは『戦闘暗部』と呼ばれる、『この国の暗部』なのです」
それを聞いて、グレイは‘あっちゃ…’と、思わなかった。
だが、頭が痛かった。
痛い。
苦痛だ。
頭痛などではなかった。
今すぐにでもこの世の全てが再び地獄へと変質されてしまうような痛みがグレイの体全体で感じていた。
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