神代のルーン使い 第5話



静かになった草が生えてるこの場所。

「黙ってあの連中連れて消えるんなら見逃す。やるんなら掛かってこい、雑魚」

月明りがゆっくりと近寄ってくる影の顔を照らす頃。

片手には短剣、もう片方には同じ長さの木の棒を持った彼がその影を認識した。

任務だからとは言え、標的の他にも無実な人たちを暗殺しに部下たちとやってきた彼は1分と少しという短時間で部下たちを全員やられたという事実に驚愕しながら迎え撃つための武器を構える。

すぐ木の棒を前に突き出し、その棒に短剣を弾く。

弾いた途端、ただの木の棒にしか見えなかったその棒は形が変わる。

柄の上からが伸びては四つに割れ、内臓されてあった白い霧を発生させる青い宝石が顕れる。

隠し機能でもう棒ではなくワンドと呼ぶべきそれを彼は手首を回しながら体の後ろへ腕を広げて構えては、それを投げる勢いで大きく上から降ろした!

それに反応して青い宝石から青白い光が近づいているその影の男――グレイに向かって飛んでいく!

その影は咄嗟に横へと回避したものの、さっきまで立っていた草と土が青白い光に当たって一瞬で凍りつく。

それを見たグレイが彼を睨んでくる。

再び彼は短剣でワンドを軽く弾き、青白い光を撃つ!

しかし、グレイは避けた方向とは別の方向へ体ごと回転させて避ける。と、同時に右手で握っていたナイフ一本を投げて彼の短剣を当てた。

体を回転させて投擲の威力が上がったナイフをまともに受け短剣とナイフは「くッッ!」の唸り声と片足の膝をつくと同時に彼の後ろに飛んでいった。

その隙にグレイはまっすぐに歩いていく。

油断したのではない。

彼が青白い光を撃つときにはモーションとして短剣でワンドを弾く行動をする。

その行動は魔術を使うための一種のトリガーのはずだ。

グレイ自身も魔術というものを使うので何となくわかる。

もしくは別の隠し芸があるかも知れない、が、はっきり言ってどんな可能性が来るだろうとグレイにとってはどうでもいいことだった。

そしてその予想は半分くらい当たっている。

短剣を失った彼は立ち上がってはワンドを前に突き出して、今度は柄の部分を握ってはそれを回す。

まだ隠し機能があったのか、今度は柄の部分が伸びて杖となった。

杖となったそれをまるで槍術か、棒術で扱うように両腕で回して構える。

……何らかの劇場で武闘家の演劇でもしてるのか? という程に派手な動きだった。

それともさっきの魔術と違っていまのが彼の真価なのか。

……どうでもいいが。

彼が杖を構えるのに合わせてグレイも手を開いて前に伸ばす。

グレイの妙な行動をしてるのを見た彼は、魔術を使おうとしてるのかという疑問の先に体が先に動いて、グレイの方に向かって走った。

彼が使った魔術と同様、どんな魔術にも発動させるには何等かのモーションか、トリガーとなる霊昌を必要とする。

どんなモーションか、トリガーとなる行動がどんなものがあるかは千差万別なものの、いまグレイが手を開いて伸ばした行動がそのトリガーになるのならそれを使う前に止めるべきだった。

しかし。

ドンっ! の音と一緒に彼はその杖をグレイに届かせることも出来ず、ドンと前のみれで倒れた。

転んでなどいない。ただ後ろから何かの衝撃を後頭部に受けて地面に倒れたのだ。

衝撃の痛みを耐えて彼が見たのは……グレイの手の平に向かって飛んでいきそのまま掴まれるナイフ。

さっき、グレイが投げて短剣を弾いたそのナイフだった。

しかもそれは片手だけでなく、もう片手の方にもナイフが飛んでいき、グレイは難なくそれを掴んで太ももの鞘に収め、また手を開いては、今度は木々の方からナイフが二本と飛んで影の両手にそれぞれ掴まる。

「…くっ!」

脳が震えたのか、痛みと頭が揺れるのを耐えて立ち上がろうとする彼に向かって影がまた歩いてくる。両手にナイフを握りながら…。

グレイがほぼ近づいてきた時に…彼は膝をついている状態からグレイのナイフよりも長い自分の杖を握っている右手に力をできるだけ込めて振るった。

だが、グレイはそれすら平然と左手のナイフで止めては右手のナイフでをの杖を柄と宝石の中間を切り落とし、彼の上半身を足で蹴飛ばす!

自身の武器が切られたという事実に驚愕しながらも「くあッッ!!」と避けんて飛んでいく。

強すぎる蹴りで、脳が震えた目まぐるしさまで治ってないまま気絶する所だった。

再び影は歩いてきながらどんどん距離を縮めてくる。

片手には切られた柄だけの杖を持つ自分を、影はじっと睨んでくると気づいて、すぐに立ち上がっては杖の柄を捨てて被っていたフードを脱ぎ棄てた。まんまと自分の姿を現したのだった。

そのわからない行動にグレイは足を止める。

「一つだけ聞く」

そして彼は頭に手を付けて影の男グレイに初めて声を掛けた。

「俺の部下たちは何人殺した?」

「……俺は殺すことはしねえ」

影の返事に、彼は驚くもののすぐに「へっ、ありがとうよ」と笑っては、両手に拳を握って構えた。

「俺の名はリックだ。……お前さんの名前はなんだ」

「……」

急に名乗りを上げては自分の名前を聞く彼を、グレイは無言のままで睨み続ける。

……。

無言のままでいるグレイに、答える気がないと思った彼は苦笑いを出して、「まあ、いい」と受け流す。

そして……。

「男らしく拳でやろうぜ」

またも妙な言を述べる。

「……」

ああ? と顔と頭ではそう思ってしまった。

はっきりとグレイは目の前にいる男が言っている事の意味は理解出来ているものの、理解ができない。

それにグレイにとって別に彼の言葉に答えてやる理由もなければ、グレイが世話になっていた宿の親子をついでにとは言え、殺害しにきた賊どもに対してその機嫌を取ってやるつもりなど0.1くらいもない。

そう思ってる最中に、「本音を言うとな」と聞こえる。

いつの間にか拳を解いて楽になって話しを始めていた。

「……俺にも家族がいる。俺の親はクソ共だったんだが、俺の妻や息子、娘は俺の宝だ。だから俺はこの任務が気に食わなかったんだ。標的の女の子の他にもただ静かに暮らしている宿の親子と冒険者一人……いくら任務でも殺すことはしたくなかったんだ」

「……」

いつの間にか、グレイは彼の言葉を真面目に聞いていた。

何故だろうか、嘘の可能性もあるとか本音の言っててそれで油断させる作戦の可能性もあった。

それでもグレイが真面目に聞けていたのは、彼の……リックという男が言った話しが本当の本音だからかも知れなかった。

本当の本音だったから。

「だから、あんたみたいな人に全力でやられたら、気持ちよく任務に失敗できそうなんだ」

リックはこうして本気の笑みを作れた。

「……へっ」

グレイが舌を蹴る。

こういう、どうでもいいという感情以外の何かをやる気にさせたのは何年ぶりなんだろうか。

……少なくとも、親父が死んだ以来だな。

一方でグレイが笑みを作った後に、リックがまたも拳を握った。

「……俺はリックだ。お前の名は?」

さっきと同じ質問。でも、今度は無視する気などしない。

「……グレイ」

お互いの名乗りの後、お互い両手で拳を握って構えて、

「…男らしく拳でやろうぜ。雑魚」

「…ああ、雑魚が」

お互いで笑みを作る。

先に仕掛けたのはグレイの方だった。

グレイが走り、拳ではなく膝を出して飛び込み思ったより高く正面から飛び込んだそれを、リックが両腕でガードしては、そのまま着地したグレイの脇に向けてブローを打った。しかし――。

(……かてーっ!!)

無意識にリックがそう思うくらい、グレイの脇を打った拳の方が痛かった。

その隙に撃たれたグレイはリックの腕ごと腕で掴み、別の手で今度はグレイの方からリックの頬にグレイがブローを打つ。

「…ッ、クハッ!」

リックの方はまともに喰らった。

続けて二度、三度、…三度目で腕に力が抜けたリックの腕を放し、そのまま倒れそうだったリックは少し後ろに下がって、またも身を起こす。

拳の三発だけでふらふらと気絶しそうな痛みに耐えて口と鼻から血液が流れてるのを気付いてそれを腕で拭き、叫びだした。

「うわあああっ!!!」

叫んだ後に、今度はリックの方から掛ける、けどグレイの低い前蹴りがリックの体に先に届き、「クフッ!」という声と一緒にそのまままたも下がらせる。

リックの意識がどんどんなくなっていき、グレイはさっき殴った方向とは逆の頬に向けて拳をぶっ飛ばす。

「……っっっ!!!」

痛みを感じる間もなく、吹き飛んで二回転んだリックの意識はそのまま切れた。

「……ふっ」

一度ため息を吐き、首を縦に振る。

首を振った顔は最後の拳のケンカ前にも笑っていたけど、何かの虚無感しか感じられないそんな笑みをしていた。

それでもグレイは――「よく戦ったナイス、ファイト」と、気絶した彼に言い残した。




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