神代のルーン使い 第4話



空が暗く、月が昇って星々と灯だけが光る時間。

この時間で月明りの入らない廊下というのは完全に真っ暗闇。

貰った毛布を持ち部屋へ戻ろうとグレイは廊下の一番奥、暗闇の奥底に入る。

それだけだったのならどうでもよかった。こう見えても夜目が利く。

でも、自分の部屋を開けて入ると、廊下からは逆の方向から照らし出す月明りが一気に広がる。

中の様子はいつも使っていた部屋なのにいつもと妙に違う。

この部屋にベッドの他には横になれる家具はない。

寝ること以外に部屋で出来ることもない。

あるとすれば、ナイフの整備くらい。

ま、それすらも最近にはあまりしないが。

余計に広いこの部屋のベッドの近くに武装のナイフを置く、上着だけ脱いで寝格好になってベッドの上で横になろうとする。

だが……今日はもう一つやらねばならないことがある。

「……」

寝る前に、グレイは指を動かして空中に何かを描くように動く。

「《命在りし・災いより・皆は・守られるべきなり》」

命、天災、人間、保護。

それぞれの言葉を意味するルーン文字を空中で描いて一つの言葉とする。

グレイが使う唯一の魔術。ルーン。

グレイが使ったこのルーン魔術は今日だけ使う、ルーン魔術の中でも特別な魔術。

「……こんなものか」

直後に、ドン! という音が聞こえたが、気には留めなかった。

そして寝る前にする日課のような行動。どうしても寝る前にやらなくてはならない必要な事が一つある。

それをやった後でこそ、両目を閉じて何も考えないようにしながら体を楽に――それだけで体は勝手に眠る。

……。

だが、今日はどうもすぐには眠れそうにない。

こんな事が一体いつまで続くんだろうか。

そう思いながら彼は折角外した武装のナイフをまた装着し直してグレイは部屋を出た。





月明りが良く照らされるその宿は町内で住居街より離れた場所にある。

周辺には木々と草が生えているが、人の住処である分ちゃんと草が生えてない人道が出来ている。

静かに暮らすのだとしたらいい場所だ。

宿も外見は一階の木材で出来た部分を除いてみれば結構良くできている。

しかし、家があるだけでそれを守れる手段がない。

フェンスもなく、壁を無い。

それゆえに、家も人も守れる手段もない。

……だから今回の任務は標的に比べてとても簡単な任務だと思えた。

こんな町に来て標的を探し、行方を調べて作戦を考え、この時間になってようやく実行に移った。

いくら命令された任務でも、やるからには確実にやらねばならない。

そう思って色々と準備もして置いた。

そして彼は宿に向かっていた。

彼らは宿に向かって静かに歩いていた。

草に溶け込めるように黒と濃い緑色を混ぜた布で身を隠し、ゆっくりと。

彼が宿から遠からず近い程でもない地点に着いて身を潜む。

見えなくとも、集まった仲間たちも配置についた。

「……こちらブラック。合図を出したら侵入しろ。一階の部屋から全員殺せ」

周囲には誰もいないはずなのに、彼が口にした言葉に『こちらチーム・レッド。了解』『こちらはチーム・ブルー。了解』と返事を送るのは遠くにいるはずの仲間だった。

だが―――。

「……待機チームのイェロー。聞いてるのか」

一個チームが返事をしない。彼らは事後処理のためのチームで侵入はしないが、ここにはいるはずである。だが、返事の代わりに聞こえてきたのは『パッ!』と、木に何かがぶつかった音と一緒に遠くで仲間の一人が投げ出せれた光景だった。

それを見た彼が感じたのは困惑ではあったが、同時にやるべきことが何なのかはわかっていた。

「総員武器を持て!」

そして背中の腰に納めて置いた短剣一本と、同じ長さの棒を取り出した。

だが、また仲間の一人が叫び、何の衝撃音が聞こえた。

何なのだ……何が起きた!?

でも、考えている暇などない。いつの間にか一分が過ぎた。そしていつの間にか、それらの原因はもうすでに彼の前にいた。

「黙ってあの連中連れて消えるんなら見逃す。やるんなら掛かってこい、雑魚」



片手でナイフを一本を持ち走る。

真っ暗闇の中だというのに全部見えてるのか、グレイははっきりと敵に向かっていた。

何故敵などわかるのか、さっきの影四人は明らかに武器を持ってて、さらに彼らの言葉を聞いたからだ。

「隊長の合図が来て事が終わるまで待て。事後処理チームの俺たちは。中の死体の処理……」

そこまで聞けばもう十分だった。

何一つ迷うことなく、ナイフ一本を奴らに向けて投げる。

当てる事はなく、彼らの右の方へ――狙い通りに4人の目を引かせたのを確認し、ちょうど身近にいてさっきのセリフを吐いた影に走った勢いに任せて顔に拳を叩き込む。

なんの抵抗もなく一撃で倒れる仲間の様子に残り3人は咄嗟に反応して武器を取り出そうとしても、グレイは素早い動きで体を低くし、二人のうちの男一人の足に足を掛けて後ろで倒れさせる。

そして体をそのままぐるっと回しながら立ち上がれるようにし、もう一人をさっきとは逆の方向に回って裏回し蹴りで蹴飛ばし、影の男は木に背中からぶつかる。

休む事なく、ついに武器を持ってグレイにかかってきた影の攻撃を体を回した動きで容易く回避すると同時にジャンプしてさっきとは逆方向の裏回し蹴り。

掛かってきた勢いの反動か、グレイの身体能力のせいなのか、飛ばされた影はつい分と飛んで転ぶ。

知らない人が見ればただ投げ飛ばされたかのように見えていた。

これで3人。足掛けで倒れた最後の一人が起き上がるのを顔面への走りながらの蹴りで気絶させる。

そのままグレイは走った。


次――。

今度は影が3人いた。

敵の存在に気付いた連中が最初から武器を取り出しているのを最初に見たグレイは別の鞘からもう一本のナイフを取り出した。

そしてさっきと同じく真っ先にナイフの投げる。

しかし、今度は距離的に一番遠い一人の手の甲に刺さった!

「ぐあああああああっっっ!!」

突然の痛みに驚きと衝撃が走ったその影は当然武器を手放してしまう。

だが、グレイが狙ったのは別にある。

グレイは今度、木の後ろに隠れて様子見をする。

3人の影のうち攻撃を受けて痛がる男と、攻撃を受けた男の治療をする影と、周りを警戒する男――。

いた、狙い通りに動くバカは。

直後に、グレイは指先を空中で描くように振る。

直後に、グレイが投げて男の手の甲に刺さったナイフの

「……!?!?」

直後に、攻撃を受けた影を治療しようとした男が何かによってくっつかれて、身動きが取れなくなる。

二人の影を拘束したそれの正体は影が被っていた濃い緑色の布。そしてグレイが今使ったのはルーン魔術。

先にナイフの刃に仕込んで置いた魔術だった。

それは『強制のルーン』。しかし、このルーンの意味には『束縛』の意味も同時に含んでいた。

その効果を利用し、攻撃した男はもちろんのだ。

一石二鳥の判断。

最後に警戒しようと二人から目を離していた影はその二人が突然捕らえられたのを見て唖然とする。

その隙をグレイは決して逃さず絞めつけで気絶させる。

そして捕らえた二人に、二枚分にした紙に何かを書いた。

二人が何かを叫ぼうとするにも、その布が口も閉めているので声が出ないまま頭に紙をくっつかれる。

それだけで、二人は倒れるかのように気絶。


次――。

今度は四人。

今度はナイフを使わずちょうど近くにあった木の柄をジャンプして掴み、影の一人の顔に向けて両足の踏み倒し。

倒れた時の衝撃で、グレイが踏んだ影が土に着くと同時にまたジャンプして転び、自然な流れで立ち上がる。

今度は敵襲を承知していた襲撃者どもは立ち上がって自分たちに向かってくるグレイに武器の短剣を振るうが、影の右手の短剣による突きの攻撃をグレイは左手を伸ばして、短剣ではなく、影の手首を瞬時に掴み、折る。

それだけでなく、そのまま掴んだ手首から腕ごと影の体を持ち上げて、背負い投げをする。

地にすごい勢いで投げられた影はそのまま気絶。

直後、二人の影が前と後ろから同時に短剣で掛かってくるのを見たグレイは、今度は背中に仕込んでおいたナイフ一本を左手で取り出して、左手のナイフを投げて前方の影の短剣に当て落とす。

そして投げた体制から前転びの構えで両手を地に、両足を上にした構えで足を伸ばす!

それが正確に後方から来る敵の腕を蹴った!

短剣を手放されるだけでなく、前に転びそうになるそれを両足の下で受け止め、転んで前方向にいた敵に投げられる。

「うおっ!」「ああっ!」

ぶつかった衝撃で声を上げる二人だが、すぐさま立ち上がったグレイは二人に歩いて近づき、二人の顔にまともに蹴りを入れる。

蹴り一発で脳震盪を起こした二人はそのまま気絶した。

4人、3人、4人。合わせて11人の敵をわずか1分10秒で片づけたグレイは―――。

「……雑魚どもが」

そう口にだしていた。

自分が怒っていると久しぶりに感じながら。

そして地に刺さっている自分のナイフを拾い右手で握って、歩き出す。

この雑魚どもに命令を出していた野郎の顔を拝みに。

そしてグレイは宿がよく見えて、遠くも近くもない位置にいる影の一人を見て歩いた。

最後の一人なのか、他の気配は感じられない。

そしてその影はさっきの奴らと同じく短剣を握っていたが、もう片方の手には小さな棒みたいな物も握っていた。

ま、どうでもいいが。

ちょっと歩いて、影はグレイの姿を目視しグレイの方に構える。

グレイは影が自分を目視できたと判断し、こいつが連中の隊長格だと判断して一言述べた。


「黙ってあの連中連れて消えるんなら見逃す。やるんなら掛かってこい、雑魚」



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