神代のルーン使い 第1話
体が怠い。
ようやく目が覚めた途端に思ったのがそれだった。
そして目を覚まして一番最初に目にしたのはほぼ夜中で真っ黒だった二度寝の時とは違い日差しによってはっきり見えるようになったグレイの視線には部屋の天井があった。
思うのではなく、口に出した訳でもないがグレイは何もない目先の天井に気色悪さを抱く。
はっきり言って、気持ち悪かった。
このまま身を起こす気にもなれなかったが、「…くそ」と、無理やりにでも身を起こし窓のカーテンを引いて窓の外を見る。
すると、すでに日は真上にまで登っていて季節に合うくらい相当暑かった。
どうやら、時間は昼時を示しているはずだ。
だからとは言え、今丁度起き上がったばかりのグレイはあまり体を動かしたくはなかった。
その顔と隈がよく見えるその表情も、長く寝ていた人の顔だとは思えないくらい顔色は悪く、特に名前と同じく
体が怠いせいもあったけど、悪夢を見たときの気色悪い気持ちがまだ残っていたからだ。
「……」
これ以上は考えるのをやめる。
腕から足、そして上半身の軽いストレッチングをやって調子を見ると、怠いだけでその他にはどのような異常は見当たらなかった。
忌々しく。
「……出るか」
部屋の中に掛けて置いたズボンと上着を着てナイフを収納できるベルトを腰につけて最後に首から手首まで届くくらいしかない古いマントを被って荷物も適当に持って部屋を出る。
動かしたくはなかったのだが、だからと言って部屋の中でじっとしているのも色んなことが頭に横切ってしまいそうで嫌気がさした。
それとどっちみち今日は出かける目的もある。
……目的を考えながら動かしてこそ、気色悪さを抑えられた。
部屋を出て木造建築物だと一目でわかるこの廊下を辿り、最後にドアを開き外に出る。
そこにはちょうど洗濯物を干している、この建物の大家さんがいた。
「あら、こんにちは。今日は起きるのが遅かったですね」
グレイが家から出るのを見かけて先に挨拶をした。
その隣にいた彼女の娘っ子も「ごんにぢわー!」と元気に挨拶する。
母親の洗濯物を手伝っていたようだった。
「…どうも」
軽く頭を下げて挨拶を送り宿を出る。
ここは冒険者の町と呼ばれるとある町の中心街からつい分離れた場所にいる人の足があまり及ばない宿――名称は『アトラの家』だ。
この名に意味などない。単に家主である彼女の名前の苗字がアトラだっただけだ。
しかも借りられる部屋もまた3カ所だけで、今現在も部屋を借りている人もグレイ一人だけだ。
「あ、ちょっといいですか? グレイさん」
「…?」
宿から出るグレイに声を掛ける。
「グレイさんの部屋は3号室でしたね。実は今日午前中に新しくお客様が来てまして、隣の2号室をお借りしました」
「……はあ」
グレイの表情に変化はなく返事も曖昧だったのだが、事実グレイは彼女の言葉を聞いて相当驚いている。
この宿を6カ月くらい過ごしたグレイだが、その間にグレイ以外の客が部屋を借りた事は一度もなかったからだ。
「グレイさんとまさか何か問題が起きるとは思いませんけど、夜には音を立てない様に気をつけてください」
笑みを浮かべながら話しをしてくれる家主の彼女にグレイは「…分かりました」と短く返事してそのまま歩く。
その後ろ姿を見て「ええ…いってらしゃい」と呟き、隣の娘も「お仕事頑張ってね~」と手を振って見送る。
今までさんざん助けて貰った恩人に見送るのは彼女にとって日頃の感謝だった。
……しかし、気のせいだろうか。
いつも見るはずのグレイの後ろ姿が、今日は特に儚げなく不安そうに見えた。
↑
グレイ=ウォーカーが宿から出て10分くらい掛かった町の中心街を歩いて寄り道しない直行の道を辿って着いた場所がこの冒険者の町と呼ばれる所の中心にある冒険者ギルドだ。
人がいっぱいの広場に位置しているこの冒険者ギルドの基本的に開いているドアをグレイが通ると一階のロビー内の雰囲気が一変する。
この時間にギルドの職員以外に一階のロビーにいる冒険者は外に比べてそれほどいなかった。
真昼の時だから冒険者は食堂か、もしくは依頼で仕事中だからだろうけど。
人が少ないせいで少しでも雰囲気はすぐに変わる。
「……おい」
「ん? …ああ」
ギルドの中に入ったグレイを険悪に見る冒険者が数人いる。
それも一か所だけでなくあっちこっちでだ。
その中には「へっ腰抜けが」「目障りだから冒険者なんかやめろってんだ!」「やる気がないんなら故郷にでも帰れ!」……等があって、確実な悪意を込めたとわかるようにグレイに聞こえるくらいの声だった。
「……」
もちろん、グレイ本人もよく聞こえていた。
爪の垢ほども気にしてなかったけど。
視線すらも声の方に向かないままギルドの2階へむかったグレイの目的は――。
「いらっしゃいませ。ギルド金庫―オリオン町支部店へようこそ! どういった御用でしょうか」
ギルド金庫という冒険者ギルドの金庫だった。
グレイが二階へ上がってからロビーにいた何人かの冒険者たちは息を合わせたかのようにあっちこっちでグレイへの影口が始まる。主に悪口で。
片隅からグレイに聞こえるくらいの揶揄を送った不良に見える男の冒険者2名。
「チっ…生意気な野郎が…」
「俺たち見たいに真面目な冒険者は毎日魔物退治で勤しんでいるだけどな~ ランクすらも破棄された分際でいい気になっていやがって」
テーブルを囲っている各自違うランクの女魔術師で構成されたパーティー3人。
「あれが『灰色』でだろ? 6カ月前にあった件で俺たちみたいな冒険者全員に対して屈辱的な言葉を吐いたって人って」
「屈辱的な言葉ですか?」
「ああ。俺はその時に立ち会わなくて噂だけ聞いたんだけどな。ですよね先輩」
「ええ。私も噂しか聞いてないんだけどね。確か…『凶器持って血塗れで殺し合いがしたいんなら勝手にやれ。俺はやりたくない…』だったかしら」
「ひどいです! 私は困った人たちを助けるために冒険者になったんです!」
ぷん! ぷん! と頬を膨らませて怒っている一番の後輩の子にその上の先輩が「そうそう。うちの可愛いチャナは悪くないよ~」と慰めている。
依頼版の前にいるBランク冒険者で構成された一級冒険者パーティーの3人と唯一の
Eランクの冒険者一人は。
「どころであの人はどうして異名がついたんですか?『灰色』なんていう…」
「理由は二つあるわ。一つ目は髪の色と名前が
「あは、なるほど」
「そして二つ目は『灰色』という異名通りに無気力で適当に仕事してて最下位のFランクからできる仕事しかしないからよ。それも魔物退治とかダンジョン探索、盗賊狩りも含めて」
「……それ、ただの楽に働きたい人なんじゃないですか?」
「だから6カ月前にこの町の全冒険者に緊急要請依頼があったんだけどペナルティー覚悟して参加しなかったんだって」
「それでどうなったんですか?」
「あのセリフを口にしてはいつもと同じだったんだけど悪い意味で目立つようになったな」
その時のことを直接見ていたパーティーの紅一点で男のように見えるほどワイルドさが溢れる彼女の言葉の途中にリーダーのように見える全身甲冑の男が割って入る。
「それから冒険者資格を1カ月間没収されても同じだから、結局ギルド側のルールに触れて……後四日くらい後だったか? 冒険者資格の剥奪されるとあったな…」
最後にはこのパーティー唯一のEランク冒険者が「……だから誰も険悪な視線で見るんですね」と正直な観賞を述べる。
冒険者ギルド内にあるギルド金庫は銀行とは違って持ち歩きづらいお金を文字通り預ける金庫になっていてお金を預けた冒険者ならいつでも持ち出せる信頼性金庫となっている。
おまけに依頼の報酬で貰えるお金もここから支給される。
職員の挨拶を受けてグレイは自分が持っていたギルド金庫の入金証明書を渡して「出金にきた。書類を頼む」と答える。
「わかりました。ではご入金の書類を確認いたしますので、しばらくお待ちください」
グレイが渡した何枚かの書類を受け取った職員は中の部屋に入って5分くらい待っていると現れて「お待たせいたしました。書類は無事に確認されました」と今度はグレイに入金書類とは別の書類を見せる。
「出金する金額についての書類ですが、文字の読み書きは大丈夫でしょうか?」
「ああ」
「では、私が表示して置いたところに必要な内容を作成していただきます。また、ご出勤になる際には手数料として10
入金した時にも聞いた事をグレイは「ああ」と適当に答えながら書類を作成し、出金金額もまたそのまま書く。
作成した書類を渡し、それに書かれた金額を見る職員の表情が少し驚いた表情をしていたが「…あ、はい。ではここに書かれてある金額に間違いはありませんか?」と改めて確認。
グレイは「ああ」と肯定して職員は「わかりました。ではしばしお待ちください」と、さっきと同じ部屋の中に入って今度は10分掛かった後でようやく表れた。
両手に大量のお金が入った金袋を持って。
「っ…お待たせしました。…出金、金額100
「…ああ」
大分重かったみたいで力が抜けたみたいだ。
グレイは金袋と出金書類を荷物袋に入れてギルド金庫を出る。
もうギルドでの用事は済んだ。
グレイが出て行った後、ギルド金庫の職員たち。
「……あの人『灰色』って呼ばれる悪い意味で有名な冒険者だったな?」
「ええ。どうしてあんなにお金をいっぱい出金するんだろう」
「…ていうか、あの人どうしてお金いっぱい持ってるんだ? 魔物退治とかしないし、町の掃除とか配達依頼しかしないって聞いたけど?」
お金の単位はまず一番下に
グレイが出金した金はその100Gという金額である。
100Gくらいならば冒険者の町ではなく国の王都に自分の家を持つこともできる。
「さあ、親からのお金なんじゃないの? どこかの大金持ちの坊っちゃんだから魔物退治したくないかもだし」
「なんだよ。じゃあお金持ちのくせに魔物退治する気もなく冒険者やってたっていうのか? 不届き者め」
「ま、単に言ってみただけだからわからないけど」
「なんだよそれ」
…と、グレイに対する影口をしながら仕事をしていた。
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