第38話 夏祭り

 今日は待ちに待った終業式。ついに明日からは念願の夏休み! そう思えば長々しい校長の話も難なく聞き流せる。体育館から出て行く皆の顔は晴れバレとしたものだった。


「さゆゆん、本当にもう大丈夫なの?」


 熱中症で倒れた佐有さんは大事をとって昨日まで休んでいた。


「うん、もう大丈夫。心配かけてごめんね」


 そう笑う佐有さんの顔色は健康そのもの。言葉の通りもう心配ないようだ。


「印牧君もありがとうね。あの時助け出してくれなかったら、私死んでたかもしれないって浅野先生が言ってたの。印牧君は私の命の恩人だね」

「いや、そんな大層なものでは……」


 あの時は無我夢中で、佐有さんを助け出さなければならないと必死だったのだ。何はともあれ、今こうして佐有さんが元気に笑っている。それだけで俺は嬉しい。


「あ、そういえば、今週末の夏祭りのことなんだけどワンちゃんも呼んでもいいかな?」

「もちろん、いいよ」


 俺に狂犬よろしく噛みついて来ていた頃の犬童さんならちょっと遠慮したい気持ちもあったが、今の彼女なら何の問題もない。

 数日前コンビニの帰りに犬童さんと話した後から、彼女の俺への態度はだいぶん柔和になったように感じる。今朝だって体育館に入る際に顔を合わせたけれど、俺が挨拶をすると普通に挨拶が返ってきた。まあそれでも睨まれたしたまに毒舌が出るが、前ほどの殺気はない。オオカミの子どもが甘噛みする程度だ。


「よかった。ワンちゃんに夏祭り行くこと言ったら自分も行きたいって言い出したの」


 犬童さんから行きたいといったということは、まさか俺と佐有さんの仲を邪魔するつもりではないだろうか? 佐有さんと二人で花火を見るという俺の計画が台無しにされる可能性があるかもしれない。

 いやいや、犬童さんだってそこまでしないだろう。……でも、佐有さんのこととなったら彼女容赦ないしな。何とか犬童さんの目をかいくぐって二人きりになりたい。

 重朝と乃恵はどうするかって? 重朝はあらかじめ話付けとけばどうにかなるだろうし、乃恵は食べ物で買収すればいい。

 当日まで、まだ日にちはある。それまでに何かしらの策を考えておこう。


 ◆


 祭りの日当日

 日も暮れ始めた夕方、俺は待ち合わせ場所である公園の入り口で皆を待っていた。祭りの会場である公園は俺の家からほど近く徒歩で十分程度だ。

 公園内は続々と人々が集まってきており、賑やかな雰囲気が少し離れたここにいてもわかる。

 ところで佐有さんと二人きりで花火を見るという策だが、とりあえず重朝には伝え「可能な限りはサポートする」という色よい返事は貰った。犬童さんを連れ出すくらいはしてくれるだろう。乃恵は食べ物さえ与えとけば大丈夫だろう。


「マッキマキ―!」


 前方からやってきたのは乃恵。その両脇には佐有さんと犬童さんも居る。三人共浴衣を身にまとっていた。

 実は乃恵のおばあちゃんが、折角祭りに行くのだからと着付けてくれるというので二人は乃恵の家に寄ってからきたのだ。二日前にL●NEグループで言われ、佐有さんの浴衣が見れるということを知り夜にしか寝れない程度には楽しみにしていた。

 佐有さんは自前の浴衣を持って行ったらしいが、犬童さんは持っていなかったらしく今着ているのは乃恵が子どもの頃に着ていたものらしい。小柄な犬童さんにはピッタリサイズだ。


「ジャジャーン! どうどう? 似合う―?」


 白地に色鮮やかな朝顔が描かれた浴衣を身にまとった乃恵が両手を広げたまま、くるくるとその場に回ってみせる。いつもおろしている髪は結い上げ、ピンクと黄色の花で飾りあげている。賑やかな乃恵に明るい絵柄の浴衣と髪飾りはとても似合っている。


「似合ってる似合ってる」

「なにそれ雑―!」


 俺の肩をバシバシと叩く乃恵を尻目に、俺はちらりと視線を佐有さんへとやる。紺地に水色の紫陽花の花が描かれた浴衣に、青紫の帯を合わせていつもよりずっと大人びた雰囲気を感じる。髪は一つにまとめてお団子にしており、ほっそりとした首筋が丸見えだ。普段より大人びているせいか、なんだか色っぽく見える。

 ジッと佐有さんを見つめていたバチリと目が合ってしまった。


「どうかな?」


 はにかみながら佐有さんが聞いてくる。口紅でも塗っているのか艶やかな唇がたまらなく蠱惑的だ。


「すごい、似合ってる。キレイ」

「ふふふ、うれしい」


 ふにゃっと崩れるような笑み。先ほどまでの大人びた雰囲気とは逆の年相応のかわいらしさ。こういうのもまたギャップ萌えというのだろうか? 胸がドキドキ高鳴る。


「ちょっと、佐有センパイをジロジロ見ないでください! 変態!」


 大輪の向日葵が描かれた浴衣を身に着けた犬童さんが睨みつけてくる。浴衣に合わせてか、頭には黄色のカチューシャを付けている。身長のせいもあってか、他の二人に比べたらだいぶん子供っぽい。

 俺に対しての態度が緩和されたと言っても、やっぱり佐有さんがらみのことになるとどうしても狂犬だ。


「よお! これで全員揃ったな」


 片手を上げながら現れた重朝、その服装は俺と同じTシャツとジーパン……ではなく、チャコールグレーの渋めの浴衣を着ていた。


「重朝お前! 裏切者!」


 女子勢が浴衣であることは前もって聞いていたが、まさか重朝まで浴衣で来るとは聞いていない。一人だけ洋服の俺はひどく浮いて見える。


「キャー! シュット、めっちゃ似合ってんじゃん!」

「どこかのセンパイと違って元がいいから何着てもかっこいいです!」


 乃恵と犬童さん二人して重朝を褒めちぎる。犬童さんに関しては今日重朝と直接会うのは初めてのはずだけど、やけに懐いているように感じる。それとも、俺以外に対しては皆こんな感じなのだろうか? え? 狂犬モードは俺に対してだけ?


「印牧君もきっと似合うよ、浴衣。来年は一緒に着よう?」


 慰めか佐有さんが笑いかけてくれる。来年も期待してもいいのだろうか。

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