第36話 怪談話

 暑い、兎に角暑い。暑いってかもう熱いレベル。教室にクーラーは一応ついてはいるものの、ほとんど効いていないに等しい。温度管理は教師が職員室で一括しているために、こっちで勝手にいじることはできない。職員室はもっと効いていなかったか? 教師だけずるいだろ。

 こんなに暑いとプールに飛び込みたくなるものだけど、残念なことにうちの学校にはプールなんてものはない。なんでだよ、作っとけよ。あーあ、佐有さんの水着姿見たかったな……。

 まあどっちにしろ泳げないんだけど。


「あー、暑い―!」


 俺が机の上で暑さに伸びていると、乃恵が暑い暑いと喚きながらやってきた。うるさいと余計に暑く感じるから黙っていてくれないか、とか思うけど口に出す体力もない。


「マキマキー。暑い―、なんとかしてー」

「無理に決まってるだろ」


 乃恵は俺の前の席に座るとスカートでバタバタと扇ぎ出した。見えた! と思ったら明らかにスパッツでした。暑いならスパッツも脱げばいいじゃないか。


「二人とも暑そうだね」


 佐有さんが手にした濃紺の扇子をパタパタしながらこっちに来た。扇子とかめっちゃ優雅。竜宮城の乙姫か天女のようだ。

 汗だらけでぐたぐただれている俺たちとは違い、佐有さんは汗もかかずとても涼やかだ。きっと佐有さんの周りには爽やかな風が吹いているに違いない。と思えてしまう程度には暑さを感じさせない。


「さゆゆんは涼しそうだねー? 暑くないの?」

「ちょっとは暑いけど、二人ほどではないかなー? 私暑いの得意だから」


 佐有さんは言いつつ、手にした扇子で俺たちに風を送ってくれる。あーなんかいい匂いする―。


「なーんか、そのまま溶けてしまいそうなほどだれてんなお前ら」


 涼しい顔した奴がもう一人。重朝の登場だ。佐有さんは暑さを感じさせない系だけれど、重朝は夏を味方につけている感じがする。なんか常に爽やかだ。スポーツ選手ってみんなこんな感じなのかと錯覚しそうになるが、斜め前の野球部所属の斎藤が俺たち同様にだれているのでこれは重朝限定のスキルなのだろう。


「シュットも平気そー。ずるいー」

「ずるいって言われてもな……。ほら俺夏生まれだから?」


 それって関係あるのか? そいえば俺は三月生まれだし、乃恵は四月頃に誕生日だって騒いでいたのを思い出す。それならばもしかして佐有さんも夏生まれだったりするのだろうか?


「佐有さん誕生日いつ?」

「私は冬だよ。十二月」


 違った。冬生まれか。色白の佐有さんにイメージぴったりだ。


「そんなに暑いのなら、あれやるか!」

「あれ?」

「なにそれ? 流しそうめんとか?」


 学校で流しそうめんは無理だろ。乃恵は夏バテで食欲減退なんてことはないようで、相変わらず食欲旺盛だ。


「暑いと時にするのっていったら怪談一択だろ!」


 今日の重朝はやけにテンション高い。ああ、そういえばこいつガキの頃から怪談やらホラー大好きだったわ。幼いころ嫌がる俺に無理やりホラー映画見せたの一生忘れねーからな。


「イイネイイネー! 背筋が凍るようなの一発頼むよ!」


 今までだらけにだらけていた乃恵が突如生き返ったかのようにバッと背もたれから上半身を起こした。こいつもホラー好きなのか。


「佐有さんは怖いの平気?」

「怖くないっていったらウソになるけど、ホラーとか結構好き。怖いもの見たさって奴かな」


 マジか。佐有さんそういうの苦手そうに見えて意外と好きなのね。


「あ、もしかしてマキマキ怖いの苦手?」

「はあ? 別に怖くなんてありませんけどー」


 そう、別に怖くはない。怖くはないけど好きじゃないだけだ。


「よしなら問題ないな」


 重朝は言いながら俺に向かってニヤッて笑った。確信犯め。これはもう腹を括るしかなかった。

 重朝と佐有さんも俺の机の近くに椅子を持ってきて座る。準備が整うと、重朝は俺たちの顔を見回し、やけに芝居かかった口調で話しはじめた。


「これはずいぶん昔の話。この学校が建てられてすぐのころ。その日は今日のような暑い日のことだった。一人の女子生徒、ここではA子さんとしておこう。A子さんは吹奏楽部に所属していた」

「この学校吹奏楽部ないよ?」

「当時はあったんだよ! 大人しく聞いとけ」


 乃恵の横やりを雑にあしらうと、重朝は再び話し出した。


「大会が近いのでA子は部活が終わっても自主練の為に遅くまで毎日のように一人居残っていた。A子は三年生でしかも部長だった。何としても今年こそは全国大会に出たいと人一倍賢明に頑張った。ある日のことだった。夜も深まりそろそろ門が施錠されるという頃、A子の耳に拍手のような音が聞こえてきた。しかし音楽室には誰もいない。気のせいかと思ったA子はそのまま帰ることにした。しかし、次の日もその次の日もA子が帰り際になると必ず拍手が聞こえた。気味悪く感じるもののA子の家はアパートなので学校以外に練習できる場所がない。どうせもうすぐ大会だ。それまでの辛抱と我慢した」


 そこで一旦話を切ると、重朝は手に持っていたペットボトルのお茶を煽った。やけに喉が渇く。俺も鞄に入れていたお茶を手にすると一口にする。生ぬるいお茶が喉を通る。

 再び、重朝が口を開いた。


「A子さんたちの頑張り虚しく、柞原高校は全国大会へと行くことは叶わなかった。しかしA子さんはいけなかった悔しさよりも、これでようやく夜中の学校から解放されるという安堵感の方が強かった。部活も引退しそれから数日間、A子は何事もなく平和な日々を過ごした。しかしある日、A子は担任の先生に頼まれて音楽準備室へと荷物を運ぶように頼まれた。その荷物は一人で運ぶには量があったので、同じクラスの友人と共に向かった。運んだ荷物を棚に置き、さあ出ようと友人が振り返った時A子の姿はそこにはなかった。先に外に出たのかと友人が音楽準備室から出ようとした時。ふと声が聞こえた……」


 ためるかのように、一度言葉を止めた。ごくりと生唾を飲む音がやけに大きく聞こえる。


「低い男の声で、『アンコール』って……。恐ろしくなった友人は逃げるかのように教室へと戻る。しかし、A子は教室にはいなかった。結局その日A子は教室には戻ってこなかった。それどころか、A子は家にも帰ってこなかった。忽然とA子は姿を消したのだ。家族は警察に届けたが何カ月たってもA子の行方はようとしれなかった。

 家出だの誘拐だの騒ぐ大人たちを尻目に生徒たちは口々に言う。A子は音楽室の幽霊に攫われたのだと……」


 静まり返った空気を切り裂くように妙に明るい声で重朝がさて、という。


「俺の話はこれで終わりだ」

「えーそれで終わり? なんかオチ弱くない? ちょっと意味わかんないし」

「仕方ないだろ、俺も聞いた話に過ぎないんだから」


 話が終り、何事もなかったかのように話す重朝と乃恵。


「途中ちょっと怖かったけど、最後はありきたりであんまり怖くなかったね」


 佐有さんが安心したように笑う。


「そ、そうだね」


 うん。怖くなかった。っ全然怖くなかった! 途中まで身構えていた俺がばかばかしい。あー、聞いて損した。次の授業が始まる前にトイレすましておこうと席を立つと重朝から声が掛かった。


「忠世、次の授業音楽だからな」


 いい笑顔で告げられた。こいつ次の授業が音楽だって知っててわざと音楽室の怪談話選んだな。クッソー、確信犯め! 先生、腹痛いんで次の授業休んでいいですか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る