第23話 かっちゃん

 カフェを出た俺たちは駅へと向かっていた。ここから駅までは徒歩で二十分ほど。いちおうバスはあるが一時間に一本程度しかない。交通の便が悪すぎる。もっと増やしてほしい。電車? 地下鉄? そんなものは近場にはない。第一この県に地下鉄なんてものは存在しない。はあ、お都会F県が羨ましい。


 佐有さんと何気ない会話をしながら駅を目指す。一人なら苦痛にしか感じない道のりだが、佐有さんと二人ならむしろ楽しい。

 あと少しで駅というところで向こうから金髪のチャラい格好をした男がやってきた。ヤンキーに目を付けられると面倒なのでさっと目を晒し、足早に通り過ぎようとする。しかし、おいという低い威圧的な声を掛けられ足を止めざる負えなかった。


「なに普通に通り過ぎようとしてんだよ」


 舌打ちと共に吐き出された声に、びくりと肩が跳ねる。なんで俺がいきなりヤンキーにいちゃもん付けられなきゃならないのだ。

 ヤンキーは俺を目で射殺す勢いで睨みつけてきた。何もしてないはずですけど……。

 あれ? このヤンキーなんか見覚えがあるような気が? 俺が彼のことを思い出すより先に佐有さんが小声で「梅津君」と呟いた。はて、知り合いに梅津などという名字の人間居ただろうか?


「よう、農業公園以来だな。お前ら休日だってのに一緒にいんのかよ。マジでラブラブだなあ」


 農業公園? あー、バス遠足のことか。しかしなぜこのヤンキーがそのことを……。あ、あの時の佐有さんを馬鹿にしたDQNか! あまりに嫌な奴だったので、すで記憶の彼方に追いやっていた。


「あー、かっちゃん!」


 そう仲間内に呼ばれていたのを思い出し、思わず口に出してしまう。


「てめぇにかっちゃんって言われる覚えはねぇよ! 俺の名前は梅津勝蔵だ。覚えとけ!」


 かっちゃん改め、梅津勝蔵は犬歯をむき出しにぎゃあぎゃあと喚き散らす。見た目の割に案外古風な名前だ。


「この間はお前らのせいでひどい目にあったかからなぁ」


 そう言えばあの日、イノシシに襲われて救急車で運ばれたのはこいつだったとこを思い出した。よく見ると手首にまだ包帯を巻いている。怪我は完全には完治していないようだ。しかしそれは俺たちとは全くもって関係のない話。逆恨みだ。

 さてどうしたものか。あの時と違いあちらは今日一人のようだけれど、無視しようものならまた殴られかねない。かといってこいつに付きまとわれるのも困る。

 ここはあそこと違って人の目がある。叫んで助けを求めるか、近くにあるコンビニにでも駆け込んで警察を呼んでもらおうか。そう考えていると、隣から強張った声が聞こえた。


「もう私に付きまとわないでもらえますか?」


 忽然とした態度で佐有さんが言い放った。その手は少し震えていて、彼女が精いっぱいの勇気を絞ったのだとわかる。震える手にそっと俺の手を重ねる。


「行こう、佐有さん」


 梅津が何か言い出す前に佐有さんの手を引き、その場を離れるよう促す。


「おい、待て!」


 しかし、当然の如く梅津は逃がしてくれないらしい。怒気のこもった声が俺たちにかかる。


「おまえら、その。……まじで付き合ってんのか?」


 梅津の声は先ほどまでの強気な声ではなく、どことなく弱気な口調だ。突然どうしたというのだ。


「だったら何? あなたには関係ないでしょ」


 しつこい梅津に佐有さんもいい加減怒ったようで先ほどよりも強い口調だ。俺の手を強く握り返すと、梅津の横を通り過ぎようとした。


「待てよ!」


 しかしそうはさせまいと梅津の手が佐有さんの肩を掴む。


「触らないで! 迷惑!」


 掴んだその手を虫でも払うかのように佐有さんがはじく。梅津はその手を呆然と見つめたまま動かなくなった。

 てっきり怒鳴ったり殴ったりしてくるかと思ったがそんな様子はない。心なしか顔は蒼褪めており、うっすら目には涙が滲んでいる。これは明らかに凹んでいる。まさかこいつも佐有さんのことが好きなのでは? 好きな子をいじめちゃうとか小学生かよ。


 そう思うと今までの奴の言動の全てが子供じみて思えた。告白する度胸のないヘタレに振り回された佐有さんが不憫でならない。

 梅津が追いかけてくる様子はなく、俺たちは再び駅へと歩き出した。


「印牧君、さっきは巻き込んでごめんね」


 握ったままだった手をそっと放しながら佐有さんが謝る。


「いやいや、佐有さんのせいじゃないし! 全部さっきの梅津って奴がバカなせいだって! 佐有さんは悪くないって」


 そう全てはあのバカのせいだ。佐有さんは完全なる被害者。謝る必要はない。


「付き合ってるって言ったの否定しなかったから……」


 言いにくそうに地面を見つめながら言う佐有さんの首筋は真っ赤に染まってた。

 さっきはそれどころじゃなくてつい聞き流してしまったが、そういえば梅津の奴が付き合ってるとかなんとか聞いてきたことを思い出す。改めて考えると、恥ずかしさと嬉しさが一気にこみあげてきた。俺の顔もきっと真っ赤に染まっていることだろう。


「い、いや、俺の方こそ勝手に手を握ってごめん……」


 我ながら大胆なことをしていたと思う。謝る声がわずかにうわずる。


「印牧君のおかげで勇気出た。中学時代は何言われても何も言い返せなかったから……。初めていい返せたのは印牧君のおかげ」


 怪我の功名というやつだろうか。最高の日曜日になった。

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