第22話 懺悔

「俺、佐有さんに嘘ついてた。佐有さんと話し合わせたいがためにユトリロ知ってるフリしたし、絵画に興味ある振りもした。それがバレないために付け焼刃で絵画の知識詰め込んだ。……本当は絵画なんて興味なかったんだ」


 懺悔を終えた俺は怖くなり佐有さんの顔を見ることが出きずにずっと目の前にあるエビグラタンを睨んでいた。沈黙がおとずれる。この状態が永遠に続くのではないかとすら思えた。


「うん、なんとなくそんな気がしてた」

「え?」


 前から聞こえてきた声は俺の想像していた返事とはどれも違った。怒るでもなく、バカにするでもなく、少しだけ呆れを含んだ優しさを感じる声。

 驚き顔を上げるとそこには聖母のような慈愛に満ちた眼差しがあった。


「今まで印牧君から絵画の話とか聞いたことなかったから、印牧君が私に話合わせてくれてるのかもとはうっすら思ってたよ」


 でもと佐有さんは続ける。


「わざわざ調べてくれてるとは思わなかったから、ちょっとびっくりした。ありがとう」

「……俺はお礼を言われるようなことはしてない」


 勉強したのだって佐有さんによく見られたかっただけだ。絵に興味を持ったわけではない。佐有さんの優しさはむしろ自分が惨めになってくる。内臓がかき乱されるように気持ち悪い。店内に聞こえるざわめきが全部、俺を嘲笑っているように感じて今すぐここから逃げ出したくなる。テーブルに置いた手を跡が出来るほどきつく握った。


「やっぱり印牧君は本当にまじめだよね。わざわざ自分が不利になるようなこと言わなくてもいいんだよ。そんなに思いつめるほど気にしなくてもいいのに」


 ふふと笑う佐有さんを見てられなくて俺はまたエビグラタンに視線を向けた。


「好きになるきっかけなんて些細なことだよ。例え動機が不純でも、胸を誇って言えない理由でも別に私はいいと思うよ。私だって絵画を好きになったきっかけは印牧君とそう変わらないよ? お母さんが絵画が好きでいつもその話ばっかりするから、気を引くために私も絵画を見たり調べたりするようになったの。そうしたらいつの間にか本当に好きになってた……。ね? 同じでしょ」


 固く握りしめた手が温かさに包まれる。視線を向けると佐有さんの手に包まれていた。


「あんまり握りしめると跡がつくよ」


 俺の胸の中のぐちゃぐちゃになった気持ちをそっと開くかのように俺の手も開かれる。

 佐有さんは自分と俺の動機は同じと言ったが。全然違う。第一俺は今でも絵画を好きになったとは言えない。佐有さんにたいして負い目を感じて俺が楽になりたかったばかりに懺悔しただけだ。要は俺のためだ。しかし、佐有さんはそんな俺でも許してくれるのというのだろうか?

 許しを請うように視線を上げる。


「私は今日印牧君と一緒にここに来れて、すごい嬉しかったよ」


 ほころぶような微笑みでとても楽しように笑う佐有さん。その笑顔を見て俺は許されたような気がした。胸の気持ち悪さも消えていく。

 ねえねえと佐有さんが呼ぶ。


「っで、今日一緒に絵を見てどう思った?」

「うまく言葉に出来ないけど……なんかすげぇって思った」


 もっと色々言いたいけれど、うまく言葉に出来ない。語彙力のなさが悔やまれる。でも今度は嘘でもお世辞でもなく間違いなく自分の気持ちだけを口にした。


「良かった! また一緒に来ようね。今度は私が色々教えてあげるから」


 はじけるような笑顔に今日ここにきてよかったと思い、俺は素直にうんと頷いた。

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