第24話 ラブレター

 梅雨に入り、ここ数日毎日のように雨が降り続けている。湿気には弱い俺の髪は爆発し、治すのは早々に諦めひどい寝ぐせのまま登校している。乃恵に「変な髪形―」といって笑われるのは目に見えているが朝からセットするなんて面倒なことは既に放棄している。こちとら見た目に大したこだわりもない。それよりも自転車通学の俺はかっぱを着なければならない現状の方がはるかに面倒だった。

 濡れたままのかっぱを自転車の買い物かごにぞんざいに押し込めると俺は昇降口へと向かう。自転車通学生の中にはキレイに拭いて畳んでいる者もいるようだけれど、俺はおおざっぱのO型なのでその辺は適当だ。


「よう、忠世。すごい髪だな」


 昇降口に入ると傘を畳んでいる重朝と一緒になる。今日は雨だから朝練は中止だったのだろう。


「うるせー、サラサラストレートのお前にはくせ毛の辛さはわからないだろうよ!」


 生まれつきストレートヘアーの重朝の髪はいつ見てもサラサラで、寝ぐせなどついているのを見たことがない。梅雨時は基本跳ねまくり、髪が伸びればメデューサのようになってしまう俺とは大違いだ。雷でも落ちてチリチリになればいいのに。


 重朝が靴箱からスリッパを取り出すと、同時に何かがばさりと落ちた。拾ってやろうとかがみ込み手にすると、落ちたものが目に入りそれが何なのか理解する。

 パステルカラーの便せんに女性が書いたと思わしき可愛らしい文字で『首藤せんぱいへ♡』と書かれている。これは間違いなくラブレターだ。俺は貰ったことなどないが、重朝が貰っているのは度々見かけた。そのどれもが、今俺の手の中にあるものと同じようにとても可愛らしいものだった。


「あー、悪い。拾ってくれてサンキューな」


 俺の手元にあるラブレターを重朝はさっと抜き取りなんでもなかったかのように、なれた様子で鞄に入れる。俺だったら見つけただけで狂喜乱舞のそれをいとも当たり前のような態度で……。これだからもてる男はムカつくな!


「おモテになる男は大変ですねー」


 わざとらしいトゲトゲした物言い。嫌みの一つくらい言っても許されるだろう。


「そんなんじゃないって……。親の仇を見るような目をやめろ」


 重朝に俺の嫌みなんざ効きやしないのは百も承知だ。鼻にかけることもしない。顔がよくて性格までいいなんてモテて当然だろう。こんな完璧な男に俺のような非モテは手も足も出ない。

 隣のモテ男を妬みながら俺も靴箱を開けた。中に置かれたスリッパの上に一通の手紙がちょこんと置かれていた。これはまさか?


「どうした?」

「な、なんでもない!」


 掛けられた声に動揺しながら重朝にばれないようにさっと手紙を鞄にねじ込んだ。別にやましいことでもなんでもないが、つい隠してしまうのはほぼ条件反射だ。

 俺は好きなのはもちろん佐有さんだ。しかしそれとこれは別物なのだ。第一この手紙がラブレターとは限らない。脅迫状とか挑戦状かもしれない。いやそんなことされる覚えもないのだけれど。

 まあどちらにせよこのまま捨てるのは忍びない。一応眼は通さないと送り主に対して失礼だ。いや言い訳とかではなくて。


 教室に向かう途中、トイレに行くと言って重朝と別れた。行先はトイレで間違いはないのだけれど、動機はもちろん生理現象ではない。

 辺りに誰もいないことを確認するとそっと個室へと入った。手早く鍵をかけると、そそくさと先ほど鞄に入れた手紙を取り出す。俺が強く握ったせいで手紙には少し皺が出来ていた。手で丁寧に伸ばすと完全にではないが、些かマシになる。

 皺を伸ばした手紙を改めて眼前にかざしてみる。ファンシーなピンクの封筒に愛らしい丸文字で『かねまき先輩へ』と書かれている。これは間違いなく女の子だ! 陰キャの俺にもついにモテ期が!?

 喜び勇み封を開ける。ハサミなんてものは持っていないので、手で破っていく。少し歪になってしまったが致し方ない。

 取り出した便せんは可愛らしいキャラクターものだった。表書きと同じ可愛らしい丸文字で綴られている。


『放課後体育館裏で待っています。絶対に来てください』


 これは間違いなく告白だ! やったー!ついに春到来。長く厳しい冬だった……。いやいやまてまて、俺には佐有さんという心に決めた人がいるのだ。この子の思いに答えることは残念ながらできない。

 かといって無視するのも相手に失礼だ。放課後キチンと手紙の差出人に直接断るのべきだろう。別にせめて顔だけでも拝んでおきたいってわけでは決してない。

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