第15話 VS イノシシ
施設の職員の説明が終り、班での散策となった。皆エントランスを出ると、思い思いの場所へと向かって行く。
「っで、どこに行くんだ?」
班ごとに配られた地図を広げながら重朝が聞く。地図を横から覗き込んでいると横からすっと手が伸びてきた。
「私ここ行きたーい。ヤギ見たい!」
乃恵が地図の真ん中辺りを指さしながら言う。乃恵が指さす場所には『動物ふれあい広場』と書かれている。先程の職員の説明でヤギやアヒル、ウサギなどが飼育されていると言っていたことを思い出す。
「ここから随分と離れてるけど、どうかな?」
「俺は別にいいよ」
どうせいたいして見るものもない。どっちでもよかった。
「私も動物見たいから賛成」
佐有さんがはにかみながら言う。満場一致となったことで、俺たちは『動物ふれあい広場』に向かうこととなった。
途中色とりどりの薔薇が植えられたガーデンや既に田植えの終わった棚田などを眺めながら通り過ぎる。行きがけにあれだけ田んぼを見たのに、園内に入ってもまだ田んぼを見ることになるとは思わなかった。まあたしかに農業公園なので田んぼや畑があってもおかしくはないのだが……。見て面白いものでもないかな。
「このつり橋あんまり揺れないねー」
公園の中央に位置する湖を渡るためのつり橋を渡りながら乃恵が手すりを掴み揺する。おい、やめろ揺れないって言っても多少は揺れてるぞ。
「幅が広く作りもしっかりしてるし、揺れにくい造りになっているんじゃないか? まあ、流石に強い風が吹けば揺れるだろうけど。佐有さんは平気?」
「大丈夫。高さはあんまりないし、落ちても湖だから泳げるし」
佐有さんがそういうと、二人はどっと笑った。俺は三人の会話を後方で聞きながらも笑う余裕はない。なぜかって? 俺、泳げないんだわ……。橋の下に目を向ける。水の色は暗くここから水底は見えない。ここ結構深いよ。足が付かない場所で落ちたら俺は死を覚悟するしかない。手すりにしがみ付きながら俺は三人についていく。
「次どの道―?」
「ちょっと待てよ」
ようやく長いつり橋を渡り終えて、安定した地面に足を付けホッと一息つく。前を行っていた三人は地図を広げながらなにやら話している。俺を待っていてくれたのかと思ったがどうやら違うみたいだ。
つり橋の先は三股に分かれていてどこに曲がれば『動物ふれあい広場』行けばいいのかわからない。重朝たちは地図を見て正しい道を確認しているようだ。俺も確認しようと合流しようとした時、視界の右側を何か大きい物体が動いた。誰か来たのかと思い視線を動かす。そこには驚くべきことに黒く大きなイノシシが立ちふさがっていた。
「い、い、い……!!」
驚きと恐怖でうまく言葉が出てこない。俺が一人あわあわしていると気が付いた乃恵が俺を振り返った。
「マキマキ―、どったの?」
まだイノシシには気がついていないようでのんびりとした口調で問いかけてきた。
「あ、あれ……!」
早く気が付けとばかりに勢いよく俺はイノシシを指さした。俺のさす方向を向いた乃恵は盛大な叫び声をあげた。
「きゃーー!!」
「どうした?」
「乃恵ちゃん?」
叫び声にただ事ではないと、重朝と佐有さんも地図から視線を上げた。そして乃恵が見ている視線の先をたどる。その瞬間わかりやすく二人は凍り付いた。
「うわ――――!!」
「きゃーーーー!!」
二人揃っての悲鳴。そのあとの行動は早かった。俺たちは蜘蛛の子を散らすかのようにいっせいに走り出す。地図など投げ捨てどこに続く道かもわからずとりあえず走る。当然のように俺たちを追ってくるイノシシ。まるでゾンビゲームさながらに逃げ惑う俺たち。
いくら田舎に住んでると言えどもイノシシにこうやって直接対面するのは初めてだったし、追いかけられるのも勿論初めてだ。車越しに遠目で見たことはあるがこんな間近で遭遇したことはない。あの時車越しに見たイノシシよりも今俺たちを追いかけている奴の方が幾分か小さい。しかしすでに成獣であろう奴はうりぼうなんかよりもずっと大きい。体当たりされたら骨折待ったなしだ。
そんなことにならないために俺は必死に足を動かす。普段の運動不足が祟って足がもつれそうになるが、気合で何とか立て直す。今転ぶわけにはいかないのだ。
俺の前を重朝と乃恵が走っている。佐有さんはどこだと後ろを見やれば少し遅れてついてきていた。しかしこのままでは追いつかれかねない。イノシシは鼻息荒く猛然と俺たちに迫ってきていた。
「佐有さん!」
俺はとっさに佐有さんの手を引くと植え込みにダイブした。
「っきゃ」
小さな悲鳴が聞こえた。しかし今は気にしている暇はない。ジッとイノシシが通り過ぎるのを待つ。
暫くするとイノシシの足音と鼻息が遠ざかり聞こえなくなった。どうやらうまくやり過ごせたようだ。ひょこりと繁みから頭を出し辺りを確認する。よし、見当たす限りにイノシシの姿はない。重朝と乃恵はどこに行ったのだろうか? うまく逃げきれていればいいけど。
「印牧くん」
後ろから佐有さんの不安そうな声が聞こえてきた。俺は彼女の不安を払拭させるため出来るだけ明るい声を意識する。
「イノシシもう行ったみたいだから大丈夫だよ」
「あ、うん……」
頷くものの歯切れの悪い彼女の様子に俺は首をひねる。あ、もしかして聞こえにくかったとかだろうか? 俺がもう一度同じ言葉を言おうとした時、それよりも速く佐有さんが口を開いた。
「その……。手、放してもらってもいいかな?」
手? 一瞬何のことかわからなかった。佐有さんが恥ずかしそうに視線を下げたその先を追うとそこには、佐有さんの手をしっかりと握っている俺の手があった。
「ご、ごめん!」
慌てながら俺は彼女の手を開放する。植え込みにダイブする際にとっさに掴んだままだったのを忘れていた。
「イノシシ、見当たらないみたいだし乃恵ちゃんたち追いかけよう」
「あ、うん」
繁みから出て本道へと戻る佐有さんに俺も後に続くために俺も繁みから抜け出そうと植え込みを越えた。そして本道に戻る前にちらりと自身の右手を見る。先ほどまで佐有さんの手を握っていた手。ほんの数分だったが温かみと柔らかさを感じた。もう少し彼女の手を堪能しておけばよかったと今更に残念に思う。
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