第14話 農業公園

 乃恵のおかげで一人で電車に乗るという一大ミッションは何とか成し遂げることが出来た。途中K駅で座席を回転させなければならないという驚くべき任務が発生したが、後ろの席の親切なおじさんが手伝ってくれたおかげで、無事目的地であるH駅にたどり着くことが出来た。親切なおじさんありがとう。

 ところで今俺たちは、年間行事のバス遠足のため大型バスに乗っている。高校生にもなって遠足だなんて少々恥ずかしいので、せめて郊外授業と銘打ってくれないだろうか。


「新作のチョコレート買ってきたの。いるー?」

「俺寝るから着くまで起こすなよ」

「ねえねえ、今の標識見た? イノシシ注意だって!」


 車内はフリーダムで生徒たちはそれぞれ好きなことをしている。買ってきたお菓子を食べるもの、乗り込んで早々にアイマスクを取り出し寝るもの、ずっと窓の外の景色を見ているもの。俺はというとそのどれでもなく出発前に渡されたプログラムとボケっと見ていた。

 ちなみに目的地はというと農業公園だ。同じ県内でも水族館や遊園地など行く学校がある中、うちの高校はなぜか農業公園。聞いただけでやる気が失せる。行ったことはない場所だけれどおそらくたいしたものもないだろうな、ということだけは予測できた。


「ガムいるか?」


 ぼんやりと窓の外を眺めていたら隣の席の重朝がガムを片手に声をかけてきた。重朝の手元からガムを一枚抜き取りながら車内を見やる。前の方の席に座る佐有さんが見えた。隣の乃恵と楽しそうに笑いあっている。お互いの顔がやけに近い。女子高生が仲良く顔を寄せあってキャッキャしているのはとても微笑ましい。見ているだけで心癒される。


「まーた佐有さん見てんのか?」


 俺の至福の時の邪魔をするな重朝。乃恵の提案でクラス全員が名前呼びなのは知ってはいるものの、こいつが『佐有さん』と呼んでいるのを改めて聞くとあまりいい気分はしない。そんなこと言える立場ではないので口に出す気はないが釈然とはしない。まあどちらかと言えば便乗して名前呼びした俺の方がハイエナみたいなものなのだろう。


「なあ。佐有さんと乃恵、顔あんなにくっつけてめっちゃ可愛くねえ?」


 俺のオアシスはお菓子の食べさせあいこをしている。乃恵が佐有さんにあーんしてやっている場面は絵にして国宝にするレベルだろう。


「車内は騒がしいからな。あのくらい近づかないと佐有さんは聞き取りづらいんだろ?」


 さらっと言った重朝の言葉に俺はハッとした。たんに仲がいいからあんな風に顔を寄せあって話しているわけじゃないのだ。いや、実際に以前に比べて二人の仲は確実に良くなっているのはわかる。しかし、それだけではない。乃恵が佐有さんのことを配慮しての行動なのだろう。

 俺は実際にその様子を見ても気が付かなかったし、同じ場面に遭遇しても多分乃恵のように気が利くことはできないだろう。俺はなんだか負けた気分になった。最初っから負けっぱなしであるにもかかわらず。


「寝る」


 簡潔に告げると、俺は窓に頭を押し付け重朝から顔をそむけた。思ったよりも不機嫌さが声に出てしまい自分でも面食らうが、今更弁明するのもなんだか恥ずかしかった。重朝からしたら突然不機嫌になってふて寝した変なやつに思えただろう。

 寝るとは口にしたものの眠気は訪れず窓の外をじっと見つめる。視界に広がるのは田植えの終わった田んぼと山ばかりだ。自然の風景はリラックス効果があるというから今の俺には丁度いいだろう。


 ◆


「あー良く寝た」


 いつの間にか本当に寝ていた俺はこった首を解すため数回首を回す。ボキボキと音がしてこっていた部分がほぐれていく。


「やっと起きたか。もうすぐ着くからそろそろ起こそうと思ってたとこだ」


 俺が起きたのに気が付いた重朝が声をかけてくる。今どの辺にいるのだろうと思い外の風景に目をやるが、寝る前と同じような田んぼと山しか見えず考えるのを諦めた。


「着いてから何するって言ってたっけ?」

「まずは施設の職員の説明。そのあと班ごとに自由行動。一時くらいから中央の広場で神楽があるからそれを見たのち、弁当を食べてバスに乗り込み学校に帰る。覚えとけよそのくらい」

「俺が覚えてなくとも、お前覚えてるだろ。頼むぜ」

「頼むな!」


 重朝と愚痴を叩き合っていると、バスは目的地に着いたようでだたっぴろい駐車場へと入ると暫くしてから停車した。担任が前から順に降りるように促している。俺たちも荷物をまとめると下車する。


 バスから降りると土と草の匂いが香る。周りには畑やら田んぼしかないのだから当然だろう。六月だというのにまだ梅雨には入っておらず今日も快晴で、空には雲一つ見えない。昼には夏並みに暑くなるかもしれないと天気予報で言っていた。熱中症対策に帽子や日傘は許可されていたので持ってくればよかったと照り付ける太陽を見上げながら今更に思う。


「マキマキ―、なにボヤっとしてんの。行くよぉ」


 立ち止まっていた俺に乃恵が背中を押しながら急かす。押すなと抗議するも早く早くと急かすばかりだ。


「基本班行動なんだから、ちゃんと班長に従ってよね!」


 公園内では前もって決めた四~五人班で行動することになっている。俺の所属する班は俺と乃恵と、班長の重朝と佐有さんだ。友達もさして多くのない俺は重朝を誘い、乃恵が佐有さんと重朝を誘う形でメンバーが決まった。班長は一番しっかり者の重朝だ。


 佐有さんは俺と同じ班になる事を何も言わなかったが、内心よくは思っていないのではないかと懸念している。

 先日乃恵に善処するといった俺だったが、お気づきの通り未だに何も実行に移していない。折角同じ班になったのだ、これを機に何とかしようとは思っている。しかし、そのなんとかはまだ何も考えていないのだけれど。

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