第13話 鉄オタ
「え? マキマキ列車一人で乗ったことないの?」
「……恥ずかしながら」
お互いに腹がすいたということで場所を変え、改札出てすぐのところにあるカフェで話をすることになった。俺が経緯を説明すると乃恵は前述の言葉を言った。
絶対笑われた上にバカにされるとばかり思っていたが乃恵は笑うことなくふーんと言っただけで大きめのシモンロールに齧り付く。ついさっきパスタを平らげたばかりだというのによくもまあ入るなと感心してしまう。俺はホットサンドを食べたばかりで腹いっぱいだ。
「笑わないのか?」
「笑う訳ないじゃん」
すっぱり言い切った乃恵の姿が不覚にもかっこいいと思ってしまった。
「私は列車大好きだから今まで列車いっぱいのってきたけど、うちのクラスでも一人で乗ったことない子何人かいるよ。ぐっちーとかジョニーとか。O県って田舎だし、都会みたいに子どものころから電車に親しめる環境にないからね。あー、一時間に電車がなん十本も通過する駅の近くに住みたかった~!」
相変わらず誰のことを言っているかわからないあだ名はこの際無視する。いちいちつっこんでいたらきりがない。
俺も前々から都会に住みたいとは思っていたけれど、乃恵みたいな鉄オタはもっと切実なのかもしれない。なんたって一時間に一本しか走らないような駅の方が多い県だ、鉄オタとしては少々物足りないだろう。
「……マキマキはさ、私が鉄オタって知ってキモイとか思わないの?」
次は乃恵が聞いてきた。さっきと同じ眉を下げた困った顔。きっとさっきも同じことを思ったのかもしれない。
「いや、まったく。むしろ好きなものに一生懸命なやつって俺好きだな」
「は!?」
乃恵の顔が紅葉のように真っ赤に染まる。俺何か変なこと言って……、あー!
「あーー! ち、違う。そういう意味じゃない。ただ好感が持てるって意味で!」
今更ながらに自分の失言に気が付いた。意図せず告白みたいなこと言ってしまった。俺は乃恵のことは友人としては好きだけど、それ以上の意味はないというか……。
「わ、わかってる! ごめん、私も変に反応しちゃって……」
赤い顔を誤魔化すかのように乃恵はシナモンロールに齧り付く。口の周りにシナモンがついている。俺も熱くなった頬を覚ますかのように手元のカフェオレを一気に煽った。
シナモンロールを飲み込んだ乃恵が少し上ずった声で沈黙を破る。
「と、とりあえず! マキマキ電車や駅のこと色々知りたいんでしょ? それなら乃恵ちゃんに任せて! 一から百までありとあらゆる電車や駅のこと教えてあげるから!」
自信満々に胸を叩く。いや、ありとあらゆるまではいらないかな。必要最低限だけでいいのだが。
「まあ、お手柔らかに……」
こうして俺は乃恵に指示を仰ぐこととなったのだ。いつものテンションの高さを考えると少々心配ではあるのだが。
未だにシナモンが口の周りについたままであることを指摘すると慌てて拭きながらもっと早くに教えてと怒鳴られた。理不尽だ。
◆
結果から言うと俺の心配などただの杞憂に過ぎなかった。電光掲示板の見方、時刻表の読み方、乗り越し精算の方法など乃恵は丁寧に事細かに教えてくれた。まあ、中には今後使えそうにもない雑学まであったが。
JR各社のロゴマークの『鉄』の字は『金偏に失う』ではなく『金偏に矢』とか、不正乗車のことを『キセル』というのは不正乗車が中間の金を払わず最初と最後の金だけを払う様が両端だけ金で出来ている煙管に例えられたため、だとか……。別に必要な情報ではない。確かにへーとはなったけど。
「今日はありがとな、これで明日は安心して電車乗れるわ」
「あとは寝坊しないように早起きするだけね。お土産は通●もんでいいよ」
「早起きは得意だから問題ないな! ついでとばかりに土産強請るな」
駅から出ると外は既に真っ暗だった。湿った空気が頬を撫でる。明日は雨だろうか。空を見上げると雲が出ていて月は見えない。
乃恵の家はこの辺りらしいのでバス停まで見送ってくれるらしい。手にはさっき買ったばかりのクロワッサンが入った袋が握られている。帰ってから食べると上機嫌で言っていた。……まだ食べるのか。
「マキマキ。さゆゆんのこと嫌いなったの?」
乃恵が真っすぐ前を見たまま聞く。
「え?」
予想していなかった質問に俺は答えることが出来ずに乃恵を見る。
「最近さゆゆんにアタックしないじゃん。前は鬱陶しいほどに話しかけてたのに」
立ち止まり俺の方を向いた乃恵がもう一度聞いてくる。俺も併せて歩みを止める。
「好きだよ」
鬱陶しいとは失礼なと思いつつも。正直な言葉を口にした。
確かにここ最近俺は前ほど佐有さんに話しかけなくなった。しかしそれは別に嫌いになったからという訳ではない。俺が佐有さんに対する思いはいまだに変わらない。
「じゃあ、仲直りしなよー」
「別に喧嘩してない」
それともはたから見たら喧嘩しているように見えるのだろか?
「でもでも最近マキマキ、さゆゆんに構わなくなったじゃん!」
それはただたんに佐有さんの周りにいつも人が誰かしらいるようになったから。それと、あんな失言をしたのだからちょっと気まずい。
「さゆゆんもマキマキが構ってくれなくて寂しそうだよー」
「……まさか」
まさかそんなことあるわけない。むしろ付きまとわれなくなってせいせいしているんじゃないだろうか。最近ちょっと避けられているような気もするし。
乃恵が大きくため息を吐いた。その目は少し怒っているようにも見える。
「とにかく! 私はまたこないだみたいに四人で遊びたいの! だから仲直りする!」
なんという自分勝手な言い分だ。だから仲直りも何も喧嘩もしてないのに。だがこいつに言いつのっても口で勝てる気がしないので諦めることにした。
「……わかったよ。善処する」
「うん! ゼンショしなさい!」
だからバシバシと俺の背中を叩くな。痛い!
「ねえ、マキマキ。今日はありがとね」
さっきまでも陽気な笑顔ではなく、少し愁いを帯びたような笑顔の乃恵がいた。いったい何のことを言っていのだろうか。今日俺は乃恵に何かしてやっただろうか? 思い出せない。
「……私が鉄オタだって知っても馬鹿にしないでくれてさ」
その言葉で何となく察した。きっと乃恵は過去に鉄オタという理由で馬鹿にされたことがあるのだと。だから学校では鉄道の話は一切しないのだと。
「このことは皆には秘密だからね」
俺の想像を補強するような乃恵の言葉。俺は無言で頷く。
少ししんみりした気持ちで乃恵を見た。しかし乃恵はしんみりした空気を打ち払うように飛び切りの笑顔でさてとと言うと「私こっちだからー」といって脇道へと入っていった。俺はその背中になんて声を掛けようか迷った末「気を付けろよ」と声をかける。乃恵はきっと明るい気持ちで別れたかったのだと思ったからだ。
俺は再びバス停へと向かって歩く。さて、発破をかけられてしまった。佐有さんとのことどうするべきか。このままでもよかったのだけれど、そうはいかなくなってしまった。仲直り――とは言わないまでも先日の失言は謝るべきだ。
嫌われるよりも好かれたいし、第一まだ明確に嫌われたわけではない。……はずだ。避けられてると言っても、目が合った瞬間に目を逸らされるくらいだし。うん、まだ嫌われてはいない……。多分。
それに好きだっていうのならこのまま何も行動しないでいるのは俺らしくない。いっそのこと当たって砕けるくらいの気持ちでいる方が俺らしい。
「よっし!」
現状維持はもうやめだ。当たって砕けてなんぼ。俺は新たな決意を胸に一歩踏み出した。
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