第11話 救世主

 数時間前に学校で顔を合わせていた乃恵がそこにはいた。

 なぜおれが突然沖田のことを『乃恵』と名前呼びしだしたかというと本人たっての希望だ。かといって俺と乃恵が特別な関係になったとかでは一切ない。ただ『匹田』と『沖田』という名字の響きが似ていて聞き間違えるから名前で呼ぶように乃恵に言われただけだ。俺だけではなくクラス全員。もしかしたら他のクラスの奴にも言って回っているのかもしれないが、それは俺の知るところではない。

 その時に自分が聞き間違えるからと乃恵は言っていたが、それはただの建前で本当は少し耳の悪い佐有さんのためなのだということはわかっている。

 方向違いな提案しかできない俺とは違いさりげない気遣いが出来る。沖田乃恵はそういう凄い奴なのだと改めて実感した。


「マキマキ―? 切符買いたいの?」


 乃恵の凄さを改めて振り返っていると、その本人が顔をすぐそばにまで近づけて画面を覗き込んでいた。

 このままここで一人悩んでいても何の解決にもならないうえに後ろが詰まっている。俺は恥を忍んで沖田に聞いてみることにしたのだった。


「入場券ってやつが買いたいんだけど……」

「あーはいはい。まっかせてー」


 乃恵はこともなげにそういうと、慣れた手際で画面を操作していく。


「ここの入場券の購入ボタンは画面にはないんだよ。だからよく迷う人も多いのー」


 そう言いながら乃恵は画面横の押しボタンに手を伸ばした。そこには『入場券』の文字。そんなところにあったのか。見過ごしていた。入場券のボタンを押すと乃恵はそのまま手を上にスライドさせ、二枚と書かれたボタンを押した。

 一瞬見間違えかとも思ったが取り出し口には二枚の切符が出てきていた。


「二枚もいらないぞ」

「私の分! 大丈夫、お金なら払うからー。今混んでるしいいでしょ?」


 乃恵は素早く切符をとると、その場から離れた。俺も慌てお釣りをとり、券売機の傍から退く。後ろの方々長らく待たせて申し訳ありませんでした。


「はい、これ。切符とお金」


 受け取りながら俺は改めて乃恵の姿を見る。花柄のTシャツに白のスキニーパンツ。それに赤いスニーカーを合わせており、ボウリングの時とたいして変わらないスポーティーな装い。しかしその肩から下げている鞄は見慣れないものだ。正確には『その一つは』といった方がいいだろう。今乃恵は二つのカバンを持っていた。

 右肩にかけているのはシルバーのショルダーバック。これは前回も持っていた。俺が初めて見たのは斜めがけにしている黒く大きなカバンだ。

 勿論俺は乃恵の家族でもなんでもないのだから彼女の持つ鞄をすべて把握しているわけではない。それはわかっているが、黒い鞄は乃恵のセンスとは大きく外れているように見えた。ハッキリ言ってダサいのだ。ファッションに興味のない俺から見てもおしゃれに見える乃恵がこんなダサい鞄を好んで持つのだろうか?


「その鞄何が入ってんだ?」


 お釣りと切符を受け取った俺は何げなく聞いてみた。


「カメラだよ」


 さらりと乃恵は答えた。カメラ? スマホで写真をとれるこのご時世に何故カメラ? いや、趣味でわざわざお高いカメラを購入している人たちがいるのは知っている。しかし乃恵にそんな趣味あったのだろうか? 一度たりとも彼女の口からそんなことは聞いたことはない。しかも鞄のサイズから見るに結構大きなカメラじゃないだろうか。


「お前、写真の趣味があったのか?」

「写真自体が趣味ってわけじゃないんだけどね。出来るだけいい画像で撮りたんじゃん! だからパパに一眼レフ借りてきちゃったー」

「撮りたいって何を?」

「なにって、夕星ゆうつづに決まってんじゃーん! マキマキだって夕星見に来たんでしょ?」

「え?」


 聞きなれない言葉に何それと言おうとしたが、唐突に腕を掴まれて口から出ることはなかった。そして、乃恵の次の行動で何故腕を掴まれたのか聞くタイミングも失った。


「ほら急ぐよ! もうすぐ来るんだから!」


 力強く腕を引かれ、俺はあれよあれよという間に改札口へと連行される。乃恵は慣れた様子で切符を自動改札機に入れるとさっさと向こう側へと言ってしまった。

 俺はというと同じように通ることなく切符を見つめたまま立ち尽くした。


「マキマキ―?」


 乃恵が不思議そうにこちらを見ている。

 切符ってどっち向きに入れるのが正解だ?

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