第6話 チキン南蛮定食
ボウリングを後にした俺たちは駅前の商店街にある洋食店に来ていた。ボウリングの結果はどうだったかというと……察してほしい。
訪れた洋食店はピンクや黄色を主に使った華やかな内装に、インスタ映えするメニューと、デザートもドリンクも種類が多くいかにも女子が好みそうな店だ。その証拠か客で賑わう店内は女子がほとんど。中には俺たちのように女子に連れてこられた男もいるが、皆揃って居心地悪そうだ。
俺も同様に肩身が狭い。しかし、隣に座る重朝はこの女子の空間にも怯むこともなく、堂々と座っている。恐るべし陽キャ。
「忠世、もう決まったか?」
「いや、まだ……」
そう言うと、重朝は見やすく俺の方にメニューを寄せてきた。ああ、こういう気配りがモテる秘訣ですか。参考になります。
この様子では重朝はもう何にするか決めたようだ。ちらりと伺うように前方を見る。俺の正面には沖田、その隣が匹田さんだ。二人は仲良くメニューを見ながらイチャイチャしている。幸せ空間再び。
見るかぎり二人ともまだ決まっていないようだ。かといって俺がうだうだしている間に決まりそうなので、再びメニューへと視線を向ける。
「こっち決まったよ、二人は?」
暫くして沖田が覗き込んでいたメニューから顔を上げて俺たちに聞いてきた。俺もついさっき決めたばかりだ。間に合った。
「決まったよ。俺はデミグラスオムライス」
「私はね、トマトソースオムライスのエビフライ&ハンバーグ乗せ!」
ガッツリだな。
「……と、ライスコロッケ!」
まだ食うのか。
「っで、匹田ちゃんはキノコたっぷり和風オムライス」
いつの間にかちゃん付けになってる。仲良きことは美しきかな。
「忠世は決まったか?」
「おう、俺はチキン南蛮定食」
「オムライスじゃないの!?」
仕方ないだろ、チキン南蛮の気分だったんだよ。
◆
「ご注文はお揃いでしょうか?」
「はーい」
全員の注文が届き、いざ実食。大振りのチキン南蛮めっちゃ美味しそう。
「いただきます」
匹田さんが律儀に手を合わせていた。行儀のよさってこういうところで出るよな。
「あ、忘れていた……いただきます!」
既に一口エビフライをかじった沖田が慌てて匹田さんに倣い手を合わせて「いただきます」と言った。俺と重朝もそれに倣う。
「はうはにうふぁひひっほれ。ふへらう~」
ハンバーグを口いっぱいに頬張りながら沖田が恍惚の表情で呟く。何言っているのかさっぱりわからない。食べるときくらい喋るなよ。
「でもねー、和風オムライスも気になってたんだよねえ。匹田ちゃん、一口ちょうだい!」
口を空にした沖田が隣に座る匹田さんの肩を指でちょいちょいつつきながら強請る。
「うん、いいよ」
そう言うと匹田さんは沖田のほうに自分の皿を寄せた。
「あー、やっぱりこれもおいしい」
匹田さんの頼んだ和風オムライスを一口食べると、沖田は体をくねらせながらおいしさを表現する。リアクションが芸人並みだな。
「そうだ、匹田ちゃんも食べる? はい、あーん」
でたー! 陽キャの伝家の宝刀『あーん』。陽キャにしか許されない芸当だ。
匹田さんは一瞬戸惑ったようにじっと沖田の差し出すスプーンじっと見つめたが、次の瞬間ぱくりとスプーンに食らいついた。はい、幸せ空間三度目開園。ああ、尊い。
「沖田、俺のもいるか?」
「食べる―!」
重朝から一口貰ったあと沖田はこちらをちらりと見ると、
「マキマキのは……いいや」
と吐き捨てた。なんか知らないけど負けた気がした。いいもん、チキン南蛮めっちゃおいしいから。
オムライス(俺はチキン南蛮)を完食した後、セットの紅茶で一息つく中、沖田は一人メニューとにらめっこしていた。
「チョコベリーパンケーキとキャラメルナッツパンケーキどっちにしよー。悩む~」
さっきあんだけ食べたのにこいつまだ食べるのか? しかもメニュー見るかぎりここのパンケーキって結構でかそうだぞ? その細い体のどこにそんなに入るんだ?
「まだ食べるのかよ……」
「運動したんだからいくらでも入るよぉ」
呆れながら言うと、沖田は自信満々に腹を叩く。そこは肉どころか内臓すら入っていないかのように薄い。この調子なら残すこともないだろうから好きにさせておこう。あんな甘ったるいもの残されて押し付けられても、俺は食べれそうにない。
「この後どうする? どっか行くか?」
重朝に言われ腕時計を確認すると、二時半前。まだ解散するにはいささか早い。先週のようにカラオケか、近場のゲーセンか……。そのくらいしか近場では遊べるところが思いつかないな。
「匹田さんはまだ時間大丈夫?」
一応聞いておくべきだと思い、斜め前に座る匹田さんに声をかける。……しかし暫く待っても返事はなし。匹田さんはぼーと窓の外を眺めているだけだ。
「ひき……」
「いい加減にして!」
もう一度声をかけようとしたところに沖田怒声が響いた。三人の視線が立ち上がった沖田に集まる。もしかしたら店内全員の視線が集まっていたかもしれない。
「おい、沖田」
珍しく険しい声で重朝が沖田を止める。しかし、そんなことで止まる沖田ではなかった。
「さっきまで機嫌よさそうだったのに、なにがあったか知んないけど、突然機嫌損ねてシカトするとかわがままが過ぎるんじゃない!? 前々から気に入らなかったのよ、その冷たい態度。なんか気に入らないことがあるなら直接いいなさいよ! そっちの方が無視されるより百倍マシ!」
言いたい事言って満足したのか沖田は乱雑に椅子に座る。そして正面から匹田さんを睨みつけた。その視線はひどく挑発的で、なんか言いたいことあるなら言えと物語っている。
たいして匹田さんはというと、蛇に睨まれた蛙よろしく顔を真っ青にして固まっている。その瞳はうっすらと潤んでいた。このままでは泣いてしまうのではと思った。
「……ごめんなさい」
か細い声が聞こえた。下手したら聞き逃してしまいかねないほど小さな声。
「今更謝るなら、最初から無視しなけりゃいいじゃん。あーあ、折角楽しかったのになあ。この後もいつもと同じ調子でいるっていうなら帰って。迷惑なの」
「やめろ、沖田! 匹田さんも気にしなくていいから……」
重朝は焦った表情で匹田さんをフォローするため優しく声をかけた。しかし匹田さんは無言で椅子から立ち上がると、財布から紙幣を数枚引き引き抜きそれをテーブルに置いた。
「……今日はありがとう。迷惑かけてごめんね」
震える声でやっとそれだけ言うと、匹田さんは逃げるようにして店を出た。俺はそれを目で追うだけで引き止めるタイミングを逃してしまう。
「おい、沖田言い過ぎだ!」
「どこが! 今まで何度無視されたと思ってんの? あんたらはどうか知らないけど、私は話しかける度に無視されるって傷つくの。ボウリングの時は普通に話してくれるし、これからは仲良くなれると思ったんだけどな……」
沖田が前々から匹田さんのことをよく思っていないのは知っていた。でも沖田はきっと、匹田さんとも仲良くしたいと思っていたのだと思う。だからなんだかんだ言いつつも、今日来たんだろう。
それなのに結局匹田さんはいつもと変わらなかった。だから失望した。匹田さんにも、少しでも期待した自分自身にも。普段なら抑えられる怒りも、抑えきれなく吹き出してしまった……というところだろうか。
俺はそんな沖田も気持ちもわかる。でも俺は匹田さんのことが気になった。謝った瞬間の泣きそうな顔がちらついて消えない。
居てもたってもいられず、言い合っている二人を置いて俺は匹田さんを追いかけて店を飛び出した。
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