第5話 特技は溝掃除

 ボウリング場はクーラーを利かせているようで、少し肌寒い。しかし体を動かすのだから、すぐに暑くなるのでこのくらいで丁度いいのだろう。

 カウンターで受付をする。とりあえずは2ゲームで登録した(したのは俺じゃないが)。受付が終わって準備ができるとそれぞれボールを選ぶ。先週も来たばかりなので、俺と重朝と沖田はすぐに決まった。匹田さんはどれにすべきか少し迷っているようだ。


「印牧君はもう決めたの?」


 早々とボールを手にした俺を見て匹田さんが声をかけてきた。


「あ、うん。先週も来たから」

「あ、そういえばそうだったね。沖田さんと首藤君も?」

「そー、あいつらも」


 やっぱり、匹田さんはクラスの親睦会がボウリングだったことを忘れているようだ。ま、俺も昨日聞いたこと忘れたりするしよくあることだ。


「匹田さんボール迷ってるの? 女子は九~十二くらいがいいらしいよ。合わなかったらいつでも交換していいからとりあえず投げてみて決めてみたら?」


 沖田が匹田さんの真横からにゅっと現れ、ボール選びの助言をする。それ先週の斎藤のアドバイスのまんまだな。だがナイスだ沖田。


「じゃ、そうしようかな。ありがとう沖田さん」


 お礼を言うと匹田さんは九ポンドのボールを手に取り、首藤の待つベンチへと歩いていく。


「匹田さんいい子じゃん! 学校と全然違う!」

「だろだろ! 匹田さんのデレ可愛いだろー」


 まるで自分のことのように嬉しくなりしたり顔で返すと、沖田「お前が威張るな」と肘で小突かれた。


「でもそうなると、学校ではなんであんなにそっけないのかなー? 学校嫌いなのかな?」

「ハハ、お前じゃあるまいし……」

「えー、私学校好きだよ! 勉強は嫌いだけど」


 沖田の言う通り、学校にいるときの匹田さんと今の匹田さんはかなり印象が違う。まるで双子の姉妹と入れ替わったのでは? と思うくらいに違う。しかしそんなことはありえないので同一人物だろう。

 ならなぜここまで違うのかと考えてみるが、全く答えは出てこない。答えを導き出せえるほど俺は匹田さんを知らないのだから仕方ない。


「おーい、お前ら何やってんだ。始めるぞ!」

「はーい」

「おう!」


 重朝が俺たちを呼ぶ。俺は考えることをやめ、沖田と共に二人と合流する。


 ◆


 右端に残された二つのピンに狙いを定めて全力投球。勢いよく飛び出したボールは右端にそれてそのままガターになるかと思いきや、溝ギリギリにとどまり止まることもなくピンに当たり豪快に弾き飛ばした。黄色の文字でスコア画面に『spare』表示される。


「今日は調子いじゃーんマッキマキ―!」


 ベンチに戻ると沖田が顔の横に手のひらを広げて上げる。その手にハイタッチ。パッチーンと小気味の良い音が響いた。


「次お前だろ、さっさと行って来い」

「はいはーい」


 俺に促された沖田はボール・リターンからボールをとると、レーンに向かった。


「おめでとう、印牧君」


 ベンチに座ると、隣の匹田さんが顔を近づけ話しかけてきた。か、顔が近い! 場内派手な音楽がかかっているし、ボールの滑る音やピンの倒れる音などで騒がしくお互いの声が聞き取りづらいのでこのくらい近づかないと聞こえないのは判っているが、それでも近い。近すぎて息が掛かりそうだ。俺臭かったりしないかな。


「ぐ、偶然だよ!」


 心臓がバクバクしているのを気が付かれないように、平静を装いながら答える。運動して多少なりとも汗かいているはずなのに匹田さんからはいい匂いがする。


「そうそー、こいつ先週酷かったんだぜ。三回連続ガタ―なんてやらかしたし」


 横から割り込んできた重朝が先週の俺の醜態を語る。うるせー黙っとけ!


「でも、私の方がもっとひどいから……」


 そう言いながら匹田さんは恥ずかしそうに目を伏せた。確かに匹田さんは四人の中で今のところ一番点数が低い。とはいっても俺とどっこいどっこいだ。女子だし、久々ということを考えるとそんなもんじゃないだろうか。沖田は群を抜いて上手いので女子扱いはしない。

 佐有さんは体育の授業を見るかぎり、運動はそれほど苦手じゃなかったはずだがボウリングは苦手なのか……。よし、覚えておこう。


「ちょっとー、何私だけ仲間外れにして仲良くしてんのよ! 私ストライク取ったんだけど!」


 俺の隣にドカッと座ると、沖田は唇を尖らせながらいう。その言葉にスコア画面を見上げると沖田の欄の一番新しいところにはストライクのマークがついていた。これで三回連続だからターキーだ。やっぱりこいつ女子じゃねーーだろ。

 先週も思ったが沖田はボウリングが上手い。本人曰く家族がボウリングが好きらしく、月に一回は必ず行くらしい。ちなみに今のところ沖田が一位だ。


「忠世!」

「ん? どうした?」


 重朝に呼ばれたので顔を向ける。


「この後飯どこ行くかって聞いたんだけど?」

「あー、わりぃ聞こえなかった」


 相変わらずうるさい場内に会話の声が聞き取りづらい。


「私、オムライス食べたーい!」


 勢いよく立ち上がり挙手をしながら沖田が答えた。ここは学校じゃないぞ。


「って、沖田が言ってるんだけど匹田さんはどう?」

「え?」


 匹田さんにオムライスでもいいかという意味を込めて聞いたが首を傾げられてしまった。


「煩いから聞こえづらいよな。沖田がこのあとオムライス食べたいって言ってるんだけど、匹田さん他に何か食べたいのある?」


 横から重朝がフォローするように匹田さんに顔に近寄り問いかける。近すぎるだろ。


「ごめん! うん、オムライス、いいよ。私もオムライス好きだから」


 どうやら聞き取れなかったようで、匹田さんはすまなそうに謝った。匹田さんオムライス好きなのかー。オムライス作る練習でもするか?

 それはともかくとして……。


「おい重朝、次お前だろ。決まったんなら投げて来いって」

「はいはい、行ってきまーす」


 ったく匹田さんに近づきすぎだ。油断も隙もあったもんじゃない。


「ありゃりゃ~? マキマキ、シュットに嫉妬ですか?」

「な、ち、違うって!」


 沖田がにじり寄りながらニヤニヤしながら聞いてくる。やめろ匹田さんに聞こえるだろ!

 慌てて右横の匹田さんに視線を向ける。匹田さんは急に自分を見てきた俺に不思議そうな視線をよこすだけで何も言ってこない。よかったこれは多分聞こえていない。場内の喧騒に助かった。


「沖田! 匹田さんに聞こえたらどうする」


 匹田さんに聞こえないように声を落として問い詰める。

「もう言っちゃいなよー。何なら私が言っちゃおうか? 匹田さーん! マキマキがさー……」

「あー、こらやめろ!」


 うるさい口を手で押さえて黙らせる。余計なことするな! じっと見つめてくる匹田さんには何でもないと言って誤魔化す。


「二人は仲いいね」


 いやいや、誤解なんですー!

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