第2話 謎のあだ名
入学式の日に固い決意を胸にしたはいいが、今は五月中頃。あれから一カ月経とうというのに、俺と匹田さんの中は未だに何の進展もない。
かといって何も行動しなかったわけでは決してない。あれからすぐに、俺は匹田さんに声をかけまくった。朝の挨拶から始まり、授業の合間や昼休み、放課後。今日の天気や、授業の事、趣味や近状、色々話しかけた。
しかし結果は散々。声をかけてもほとんどが無視か、俺のことをじっと睨むだけで何も言わない。二割ほど、相槌をうってくれるものの必要最低限の会話のみで、会話が弾むことは未だにない。いったい俺の何が悪いというのだろうか? むしろ俺みたいな陰キャとは話したくないとか? いや、しかし、この間重朝も無視されていたのを思い出す。
悩んでも答えはいっこうに出なかった。しかしその程度で諦める俺ではない。が、ちょっとぐらい落ち込むことはある。
◆
「あー、マキマキ帰ってきたー!」
昼休み、トイレから帰ってくると目ざとく俺を見つけた沖田が大声を上げちょいちょいと手招きしてくる。沖田の周りには、重朝のほかにも男女数人が集まっている。なんかあったのか?
「どうした?」
「マキマキ! ボウリングいこ―!」
「ボウリング? いきなりなんだ?」
テンションの高い沖田の話はいつも要領を得ない。今来たばっかりで何もわからないんだから、頼むから一から詳しく教えてくれないか。説明が欲しい俺は隣の重朝に助けを求めた。
「今度の土曜に、クラスの親睦の為にみんなでボウリングいかないかって話してるんだけど、忠世もどうだ?」
なるほどそういうことね。クラスの皆でボウリングってホント陽キャの集まりだな。正直運動神経があまりよろしくない俺は辞退したい。しかし特に用事もないのに断ると、沖田がしつこく誘ってくる未来が目に見える。どーしようかなあ。
「今のとこメンバーは?」
「ここにいるメンツと、後は斎藤と橋本と野口……えっと、それと……」
「みやむーとあややもー」
宮村と……あややって誰だっけ? 沖田はクラスメイトのほとんどをあだ名呼びするため、たまに誰のことを言っているのかわからなくなる。ほとんどが苗字か名前をもじっていることが多いが、たまにぶっ飛んだあだ名もあるので予想が付かない。
柏木を『モッチー』って呼んでると知ったときは意味がわからなかった。沖田曰く、『柏餅』からとっているらしい。そんなんわかるか。
「匹田さんは?」
周りに集まっているメンバーには当然おらず、今二人がいった名前にもいない。沖田は匹田さんのことは『匹田さん』と呼んでいるので、あやや=匹田さんではないことは分かっている。
「あー、匹田さんはねぇ?」
「ちょっと、呼びにくいよなあ……」
「っていうか、呼んでも絶対に来ないだろ?」
俺の言葉に皆、困ったように苦笑いを浮かべる。まあ、わかってたけどさ。ハナから断るだろう相手をわざわざ誘うことはしないだろうな。断るどころか無視しそうだし。
このクラスの連中はいじめをするような奴らじゃないことはよくわかっている。しかし、だからと言って一人の女子を村八分するのはどうなんだろうか。少なくとも俺は好きじゃない。ましてやその女子が俺の想い人ならなおさらだ。
よし、決めた。匹田さんが参加するなら俺もしよう。匹田さんが不参加なら俺も行かない。それでいこう。勝手に決めて悪いと思いつつも、俺は彼女の座る席へと向かう。
「あ、おいやめとけって」
誰かが、俺を止める声が後ろから聞こえてきたが無視だ。
匹田さんは窓際の一番後ろの席で静かに本を読んでいた。本を読む姿も知的で素敵だ。俺が目の前に立っても気が付かずに黙々と読み進めている。意を決して俺は口を開く。
「次の土曜日にクラスの親睦のため皆でボウリングに行こう話してるだけど匹田さんも、どうかな?」
ドキドキしながら彼女の返答を待つ。……待つこと一分ほど。視線すら動かさずなんの反応もない。視線はずっと手元の文庫本にそそがれたままだ。ページを捲る音だけが聞こえる。流石クールな匹田さん。どこまでもクール。あ、これは無理だな。はい、諦めた。惨敗を喫した俺はすごすごと沖田たちの元に戻る。
「ほらー、だからやめとけって言っただろー」
「断るにしても何が言えばいいのに。愛想悪い」
「まぁまぁ、そういうなって。きっと本が丁度いいとこだったんだよ。忠世も気にすんな」
何の成果も得られなかった俺は首藤に励まされるのだった。あ、ちょっと泣きそう。
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