誰にでも無視をする匹田さんにはそれなりの理由があるらしい

都志光利光

第1話 匹田さんは愛想がない

 休み明けの月曜日、ダルい体を引きずるかのように俺はいつものように2―B組の教室へとむかう。


「おはよ、忠世ただよ

「はよー」


 あくびを噛み殺しながら扉を開けると同時に声がかかった。声の主に大体の見当を付けながら適当に返事を返すと想像通りのイケメンがそこにはいた。

 彼は俺の数少ない友人の首藤重朝しゅとうしげとも。何やっても平均前後である俺とは違い、成績は常に上位、スポーツは何をやらせても卒なくこなすし、所属しているサッカー部では一年の頃からレギュラーだ。かと言ってそれを鼻にかけることもないので、友達も多く女子にもモテる。天は二物を与えずなんて言葉があるが、こいつを見てるとそんなもんはウソだとわかる。

 陰キャの俺にはたいそう羨ましいが長い付き合いの重朝の人の良さはよく知っているので、恨む気すら出てこない。どこまでも普通の俺とは違う存在なのだ。

 どこまでもパッとしない俺のしいてあげれるチャームポイントと言えば、メガネをかけているくらいだろう。とは言っても、うちのクラスには眼鏡が男女合わせて七人もいるのでなんの珍しさもないが。三十人中、眼鏡が七人て、改めて考えると多いな。みんなコンタクト怖いの? 俺は怖い。目に異物入れるとか怖すぎる。一生眼鏡と生きてくつもりだ。


「なに朝から面白い顔してんだ?」

「もともとでーす」


 いつも通りの軽口をかわしていると、後ろの扉から無言で入ってくる人物が目に入る。

 彼女の名前は匹田佐有ひきたさゆうさん。色白な肌にくりくりっとした大きな目、紅でも引いたかのような真っ赤な唇。巨乳とまではいかないが豊かな胸。少しくせ毛の入った焦げ茶色の髪は高く結われ、細く白い項が露になっている。学年どころか、この学校一の美少女だと俺は思っている。

 だが、その割には彼女は意外と人気がない。それはなぜかというと……。


「匹田さん、おはよー」


 元気よく声をかけるも、匹田さんは俺に視線をよこすことすらせずに、自身の席へと向かい無言で着席した。そう、彼女は愛想がないのだ。

 話しかけても返事はしないし、今のように視線すら向けないこともあるし、無言でただ睨んでくる時もある。いくら匹田さんが絶世の美少女とはいっても普通の神経の人間は彼女と関わり合いにはなりたくはないのだろう。

 四月から新しいクラスになった折、その見た目に惹かれた男たちがこぞって話しかけていたものだが、冷たい彼女の態度に声をかける人は今やほとんどいない。

 だが俺は普通の神経など持ち合わせちゃいないので、未だに諦めず彼女に話しかけている。だって俺は匹田さんに惚れているのだから。


「おっはよー、マキマキ、シュット」


 変なあだ名と陽気な挨拶とともに、強烈な体当たりを喰らう。地味に痛いのでやめてほしい。


「おはよ、沖田」

「沖田、脇腹はやめろって! そしてその変なあだ名は何だ!?」

「えー、印牧かねまきなんだからマキマキでいいじゃん。かっわいいしー?」


 俺に可愛さを求めるな。

 こいつは同じくクラスメイトの沖田乃恵おきたのえ。肩ぐらいの長さの明るい色の髪をふわふわ揺らし、チャーミングな猫目を細めながらカラカラ笑っている。シュッとしたキレイな顔に、百七十センチ近くの長身でモデル並みのプロポーションを誇る。

 沖田は匹田さんとは違い可愛げも愛嬌も備えているので、男女関係なく好かれている。俺みたいな地味なやつにも声をかけてくれる優しい陽キャだ。間違いなくこの学年一位のモテ女だろう。

 こうやって重朝と並び、美男美女揃ってしまうととても眩しい。俺みたいな陰キャは溶けて消えてしまいそうなほど眩しい。


「まーた、マキマキは匹田さんに無視されてんのぉ?」


 独特な間延びした喋り方で、沖田は少し不機嫌そうに口をすぼめる。彼女はどうやら匹田さんが苦手らしい。誰とでも仲良くなれる沖田にしては珍しい。

 そしてほとんどのクラスメイトは沖田と同意見だ。好意的な態度で話しかけて、無視されたり睨まれるのは誰だっていやだろう。俺以外は。


「よくめげないよねえ。私は二日でめげた」

「忠世は匹田さんにガチで惚れているからな。簡単にはめげないさ」

「あんな冷たい子、どーこがいいのだか……」

「まあ、君たちには佐有さんの良さがわからないだろうなー」

「えーなにそれー。匹田さん全く愛想ないじゃん」

「ふふん、それがそんなことないんだなー」

「なに気持ち悪い笑い方してんのよ……」


 笑顔を引きつらせながら沖田が言う。ドン引きされてしまった。あ、後ずさって距離取らないで。地味に傷つく。

 それはともかく俺は知っている、匹田さんのデレを。今年の入学式の日、体育館のはずれで俺は見た。入学式が終わった後足早に帰ったり、部活に向かう生徒のなか、匹田さんが見慣れない女子と一緒にいるところを。真新しい制服と赤いリボンを付けていることから相手が新一年生なのだということがわかった。きっと同中の後輩なのだろう。

 向かい合って話している中、後輩がおそらく面白いことでも言ったのだろう。不意に匹田さんが笑ったのだ。腹を抱えて心底楽しそうに。目元に涙まで溜めて。

 笑う匹田さんを見た瞬間、俺は恋に落ちた。よく恋に落ちる瞬間に雷が落ちたとか、鐘が鳴ったとかいうけれど、俺の場合は世界が真っ白になった。

 あまりの衝撃に俺は二人がその場からいつ立ち去ったのか気が付かないまま、その場で立ち尽くしていた。野球部から飛んできたボールが頭に当たってようやく我に返ったものだ。

 新しいクラスになったばかりだったが、匹田さんが誰に対しても冷たいというのは元々噂で聞いていた。匹田さんの美貌に惚れたが、あまりの愛想のなさに恋が冷めたやつらがよく愚痴っていた。勝手に惚れて勝手に幻滅するなんて自分勝手なやつらだと思っていたが。

 当時の俺は良くも悪くも匹田さんにさして興味はなかった。噂で顔と名前は知っていたが、去年までクラスは違ったから顔を合わせることもほとんどなかった。集会などでたまに見かける程度だ。それでも綺麗な顔した子だな、以外の感想は抱かなかった。

 しかし! 彼女のこぼれるような笑顔を見た瞬間から俺の彼女に対する印象は大きく変わった。

 俺は確信した。匹田さんは誰にでも冷たいわけではなく、仲のいい人にはデレるのだと。

 それならばと俺は決意した。同じクラスになったのは運命だ。俺はこの一年のうちに必ずや匹田さんのデレを引き出す。あの時見たような笑顔で笑ってもらおうと。

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