予想内の不機嫌

 不機嫌そうな顔をしていても、由加子が本当に不機嫌な訳ではないことを、三太郎はこの半月余りのうちに把握していた。外に対してよりもむしろ、自分の内面に向けて張りつめている、そういうタイプだと認識していた。ゆえに、中からそれを掻いてやれば、たやすく溶ける。彼女が求めるのは、外面を打ち崩す甘い言葉ではない。侵入して内で膨張し、空隙を満たす毒ではない毒だ――

 そんな洞察を交えながら、三太郎は熱心に鍋をつつく由加子を眺めていた。彼の期待に違わず、鍋はこの日も大満足のクオリティであった。

「この店、本当においしいんだね。びっくりするくらい」

「ですよね。気に入ってくれましたね。よかったです」

 由加子の絶品鍋にとろける様は、先日のアップルシナモンロールの時のそれと同じだった。無自覚な愛嬌が、体の端々から漏れ出ていた。三太郎は、それを見るのが好きだった。

「それで、運命の恋特集ってあれ、どうするんですか」

「仕事の話?」

「あ、いや、まあ」

 締めの中華麺も片づいてしまい、二人は再び、煙をくゆらせる。酒は、良心的なハイボールに変わっていた。今度は、三太郎が由加子のオーダーに便乗した。

「どうしよっか……なんだか、なんなの、って感じがね……」

「何なんでしょうね、運命の恋って」

「まず、そこよね。というか、そのタイトルからちょっと、考えないと」

「定義が」

「定義ねえ。なんだろ。でもそう、形だけひとつ、決めちゃって?」

「絞るんですか」

「だって、漠然としすぎじゃない。……というか! 今まだこんな段階って、まずいよね」

 そう言って、由加子はカールトンを咥えた口を閉じる。そして、やや濃く、煙を吐いた。思案げに、視線を宙に泳がせた。

「そうなんですか」

 三太郎がそう言うと、彼女は少し驚いたような目を向けた。

「あ、そっか、君は入ったばっかなんだった」

「ええ」

「そういう気があんまりしないもんだから、一場君」

「そうなんですよね……おれもです」

 由加子のグラスに伸ばしかけた手が止まった。

「先輩は今、恋って、してます?」

 そこへ差し込む。酔いのせいもあってか、彼女の心が、その顔によく映る。いつも以上にわかりやすい、と三太郎は感じていた。

「付き合ってる人、いるんですか?」

 ずぶり、と音を立てて、入る。

「う、うん……いるけど……」

「ですよね。そんな感じします」

 予想の返事だった。彼女の色から、三太郎はすでに察知していた。

「長いんですか」

「え、うん…………三年くらい」

「長いですね」

 恋人はいるが、恋をしてはいない。そこには確信があった。残業時からここまで、スマホで誰かに連絡を取っている様子は一切見ていない。

「運命の恋、ってやつですか?」

「な、な……」

「だといいんですけどね。由加子さん、ちょっとここ出ますか。ここのビル、上にバーもあるんですよ。もう少し飲みませんか」

「…………いいけど」

 そう了承した由加子の顔は、また不機嫌そうに見えた。だが問題は無い。三太郎は彼女を連れて、エレベーターに乗り込んだ。






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