第7話レグリア登場

「いや〜、それにしても今年は豊作ですね〜」


 入学試験後の職員室で一人の中年男性教員がそう言う。今教員達は一人一人の成績を見て受験生達の合否を決めている所だ。


「ほんとですよクレイデン先生、何せ『栄光の世代』筆頭格のイリーネ・ユグドラシル様、"灼熱"という二つ名を中等教育の頃から持っているフィンラル・アークンハイド、同世代最強の水魔法の使い手シリス・レティシア、さらに中等教育の頃から有名だった人がものすごいいるんですから」


 その中年男性教員、クレイデンの言葉に答えたのは若い女性教員だ。


「あの〜、一ついいっすか?」


「おや、どうしたんですかオーズスタン先生、いつもはあなたに怒ってばかりいる私ですが、今は上機嫌で気分がいい。今回ばかりは優しい気持ちで聞いてあげますよ」


「ありがとうございますクレイデン先生。じゃあ、不合格の烙印を押されているリンドウナツ君についてお話があるんですが」


 そう言いながらオーズスタンはナツの資料を持つ。


「ああ、その生徒ね。はあ、魔素量がゼロのくせにこの栄えある『ラーンベルト学園』に入学しようなんてまったく、我が学園も舐められた物ですよ。魔素量ゼロの何の役にも立たないクズはクズらしく田舎で畑作業でもしておけばいいんですよ」


「「「「はははははははっ」」」」


 クレイデンの言葉に先生達による大きな笑いが起こった。今この時代では学力や性格よりも魔法の強さが人の価値を決める一番の要因となっている。その理由は言うまでもなく魔物や残った三人の魔王達の存在だ。魔王達を対処するためには強さが一番必要であり、その強さの一番の源の魔素量が重要視されてきた。そのため魔素量がまったく無いナツはクズ扱いされているのだ。


「その魔素量ゼロのクズがどうかしたんですか?」


 クレイデンの魔素量ゼロのクズという言葉にステファニーが先程から何度も体で反応する。なにせナツと模擬戦をするまでは自分もそう思っていたのだ、その言葉に反応してしまうのは仕方がない。


「いえ、まあ、簡単に言うとこの子が不合格なのはまったくもって納得出来ないんですよね。合格点の200点には普通に届いてるし、何よりステファニー嬢に勝ってる。これで不合格なのはおかしいでしょ」


「はあ、まったく何を言うかと思えば。そのクズは魔素量ゼロなんですよ? 何の役にも立たないクズを不合格にするのは当然でしょう」


「だけど、リンドウナツは魔素量ゼロでもステファニー嬢に勝ってる。これについてはどう説明するつもりですか?」


「それこそ不合格にした理由ですよ。魔素量ゼロなのにステファニー先生に勝てた理由、それは不正を行ったに違いありません。どのような手を使ったのか知りませんが、入学試験で不正を行ったのです。そんなインチキ者、栄えある『ラーンベルト学園』に相応しくありません。不合格にして当然でしょう。いいですか、オーズスタン先生。教師たる者確たる証拠を見てから状況を判断するべきです。その点あなたはまだまだですね」


 クレイデンは呆れたように言う。彼の言っている事は暴論だが、オーズスタンとステファニー以外の教師はほぼほぼ彼の意見に賛成らしい。


「俺はリンドウナツとステファニー嬢の模擬戦をすぐそばで見ていた。俺の目にはあの坊主が不正を行ったように見えない。それに、どう不正を行えばステファニー嬢に勝てるって言うんだ? しっかりと状況が見れてないのはお前の方だろ中年太り」


「ちゅ、中年太り……ププッ」


 暴論をかましていたクレイデンにオーズスタンが怒気のはらんだ声で言う。怒っているせいか口調も少々変わっていた。


 そして、オーズスタンの中年太りという言葉が面白おかしかったのだろう。ステファニーは口を押さえて笑っている。だがそんな彼女の様子に気づいていないようで、クレイデン達は話を続けた。


「ちゅ、中年太りですと! 君は相変わらず先輩への敬いが足りていないようですね! いいですかオーズスタン先生、たとえそのクズが不正を行っていなかったにしてとあなたの話によるとステファニー先生は『魔剣』を出す前に負けたそうではないですか! それでステファニー先生に勝ったなど認めるわけにはいきません! それにステファニー先生には他の生徒も数名勝っています! 彼が特別なわけでは無いんですよ! ねえ、ステファニー先生!」


 ここでクレイデンはステファニーに話を振る。前まで魔素量至上主義だったステファニーを仲間につければオーズスタンに勝てると踏んだのだろう。


「たしかに私は彼に魔剣を使いませんでした。ですがそれは魔剣を使わなかったというよりも使わせてもらえなかったというのが正しいです。たしかに相手の魔素量がゼロという侮りも最初はありました。そんな侮りを彼はそれを利用して私に魔剣を使わせる余裕を与えてくれなかったのです。戦場ではありとあらゆる物を使うのが常識。つまり彼はある意味正しい戦い方をして私に勝ったというわけです。彼のその思考は重宝するべきでしょう。そう考えて、私はリンドウナツ君の合格に賛成です」


「な、ステファニー先生までっ」


 味方になると思っていたステファニーがナツの合格に賛成な事が余程驚きなのだろう、クレイデンは言葉を失っている。


「はいはい、喧嘩はしないでくださいね。どうしたんですかクレイデン先生」


 クレイデンが言葉を失っていると、職員室に一人の男が入ってきた。背は高く、銀髪の長髪でとても男性とは思えない顔立ちをしている男だ。


「レ、レクリア学園長っ。じ、実はとある受験生の合否について揉めていまして……」


 入ってきた長髪の男、レグリアにクレイデンが今の状況を歯切れ悪く説明する。


「へぇ、ちなみになんて言う受験生なんですか?」


「はい、リンドウナツという…「はあ!?」


《ビクッ》


 名前を聞いた途端大声をあげたレグリアに全教員が驚いた。


(リンドウナツって、えっ、まさかあのお方?)


「ど、どうされました学園長?」


 大声をあげたレグリアにクレイデンが恐る恐る聞く。レグリアは普段大声などあげない為、余計驚いたのだ。


(いや、まさかね。……でも念のため聞いておこう)


「ちなみにその受験生、何か特徴はありますか?」


「ああ、はい。実はそれが揉めている主たる理由でして。この受験生、魔素量ゼロのクズでして、ですがオーズスタンが此奴を合格にするべきだと言うんです」


「だから、その坊主はステファニー嬢に勝ってるって言ってんだろうが!」


「そんな物たまたまに決まってます! あなたはもう少し視野を広めなさい!」


「広めるべきなのはお前の方だろうが!」


「はあ……」


 クレイデンとオーズスタンの会話を聞いたレグリアは目元を押さえながら大きく溜息をつく。そしてその様子を教員達は恐る恐る見ていた。レグリアは今まで教員に怒った事は無いほど温厚な性格をしているのだが、その実力ゆえ怒ったら何をされるか分からないと皆怖がっているのだ。


(当たりだ。まったくあのお方も人が悪い。なんでよりによってこの学園なのか。まあ、あのお方も何かお考えがあっての事でしょう)


「その者は合格としなさい」


「「へっ?」」


 レグリアの決定にクレイデンとオーズスタンはつい間抜けな声を出してしまった。


「し、しかし学園長。此奴は魔素量ゼロのクズなのですよ? 栄えある『ラーンベルト学園』に魔素量ゼロのクズなど入れるべきでは無いと思いますが…「いいから合格です。わかりましたか?」


「は、はい!」


 反対しようとするクレイデンにレグリアは笑顔を向ける。普段から笑顔の絶えないレグリアだが、この笑顔は普段の物とは違った。それを感じ取ったのだろう、クレイデンはそれ以上食い下がる事なく受け入れた。


「よろしい。あとクレイデン先生、その受験生は入学式前日に学園長室に来るように伝えてください」


「えっ、学園長室に?」


「何か問題が?」


「い、いえありません! そう伝えます!」


「よろしい。さあ皆さん、今あなた方は受験生達の未来を決めているのです。気を抜く事は許しませんよ」


「「「「はい!」」」」


 レグリアの言葉に教員達は勢いよく返事をする。


(はあ、リンドウ様。こういう事は一回ご連絡頂かないと困りますよ)


 そう言いながらレグリアは窓の外を眺めた。

 


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