第6話あれ、この先生結構いい人かも

「それじゃあお二人さん、俺の合図で始めてくれよ」


「ええ、もちろんです」


「これ、刀は抜いた状態でいいんですか?」


「ああ、いいぞ坊主。模擬戦の開始前に魔法を発動していなければ何をしていても大丈夫だ」


「了解です、ありがとうございます」


「せいぜい足掻く事ですね」


 うわ〜、すげぇ自信だよあの人。まあ、あの価値観ならそれも仕方ないとは思うけどさあ。


「じゃあ行くぞ、これよりステファニー・クローニン、リンドウナツ、両名による模擬戦を始める。いざ、始め!」


「"地獄球じごくきゅう"」


 開始直後にステファニーは大きな炎の塊を五個撃ってきた。まあ、最初は様子見も兼ねて避けるとするか。


 俺は迫ってくる炎の塊を、右に飛んで避け、後ろへ避け、そして避け続けた。


「まあ、このくらいは避けて頂かないと困ります。では、これならどうですか、"獄炎火炎砲ごくえんかえんほう"!」


 続いてステファニーが放ったのは魔素量試験でフィンラルが放った炎の魔法だ。威力はフィンラルより弱いって言ったところか。これも避けるか。


 そう思い、俺はその炎の下を潜りながら避ける。


「くっ、小癪な。どうやら逃げ回る才能だけはあるみたいですね」


「いや、まだ二つしか避けてないのに小癪とかマジですか………………ああ、そうか。そうですね。普通なら魔法による攻撃は魔法を使って避けるか魔法で相殺するかの二択ですもんね。そりゃ小癪ですわ俺。ていうか先生、そろそろ本気出してみてください。あなたが得意なの風魔法ですよね」


「あなたみたいなクズには本気を出すまでもありません、これなら逃げられないでしょう、"雷光電らいこうでん"!」


 そう言い、彼女が手から放ったのは雷の魔法だ。


 魔法には属性があり、それぞれの属性にはそれぞれ違った特色がある。例えば炎魔法で言うと、この属性は他の属性よりも威力が高い。雷魔法も同じ様に特色があり、この属性は他の属性よりも速さが数段早いのだ。恐らく俺が逃げ回るしか能が無い奴だと思って最速の雷魔法にしたんだろうけど、甘いな。


《キイイイイイイイイン》


 俺は迫ってきていた雷を右手に持っていた刀で斬る。普通の人間では到底なし得ない行動を難なくやって見せた俺をステファニー、そして脇で見ているオーズスタンが目を見開いて見る。


「な、何をしたのですか!」


「いや、あの、雷を斬りました」


「そんな事分かっています! 私が言ってるのは何故魔法も使っていない生身の人間に雷を斬れるのかという事です! いや、違う、まぐれに決まっています! 今度こそ! "連砲雷光電れんほうらいこうでん"!」


 そう言うと、今度は彼女の周囲に無数の魔法陣が浮かび上がり、その魔法陣の数と同じだけ雷が俺に襲って来た。


《キイイイイイイイイン》


 だが、その無数の雷も俺は神速の刀捌きで斬っていく。


「ま、まぐれでは無い……? そんな、でも

そんなの人間技ではありません! 仕方ありません、本気を出す他無いようですね。"風刃の舞"!」


 なるほど、やっぱり風魔法が得意だったか。先生は自分の周囲に魔法陣を作り出し、そこから風の刃を無数に射出する。


 風魔法の特性は奇襲性、威力で炎魔法に劣り、速さで雷魔法に劣る分風魔法は目に見えない性質から奇襲性に優れる。


 まあ、俺には関係無いけどな。


《キイイイイイイイイン》


「なっ!?」


 俺は目に見えない事を意にも介さずに風の刃を斬る。その事に相当驚いたのだろう、先生は声を上げながら目を見開いている。


「甘いっすよ先生、得意な風魔法を使ってくれたって事はありがたいっすけど教師なんだからまだそんなもんじゃ無いですよね。本気出さないとすぐにやられますよ」


「くっ、調子に乗って! いいでしょう! 私の"風刃の舞"を防いだご褒美です。これ以上やられるわけにはいきません! "風乱暴ふうらんぼう"!」


 彼女がそう叫ぶと、彼女の上に一つ大きな魔法陣が出来、そこから台風とも言える程の風が吹いて来て、俺の行動を制限しようとする。


 なるほど、流石は教師だ。少しとはいえ確かに俺の行動が制限される程の風だ。こりゃ『技』を出さなきゃいけないみたいだな。


「すごいですよ先生、何せ僕に『技』の一つを出させるんですから」


「何を言うかと思えば! "風乱暴"の中にいるあなたは動けない! ならこれは斬れないでしょう、"風刃ふうじんまい"!」


 彼女は"風乱暴"を発動したまま、風刃を複数俺に放ってきた。魔法の同時使用、難なくやってるけどあれは双頭練習を積んだ人にしか成さない技だ。でも、それでも俺には到底及ばない。


「反号の一、出力二……"絶海ぜっかい"!」


 俺は暴風が吹いている中、刀を空間を斬るように勢いよく振った。すると風の刃は霧散し、暴風もおさまり、終いには魔法陣も斬られたように真っ二つになった。そして逆に俺の方から暴風が吹いた。


「なっ……」


「呆気に取られてる場合じゃ無いっすよ」


「しまったっ!」


 魔法陣が斬られた事に完全に呆気に取られてた先生に近付き、彼女の首筋に刀を近付かせ、身動きが取れないようにした。


「先生、どうしますか?」


「こ……降参です」


《パチパチパチパチ》


 ステファニー先生が降参を宣言すると、横の方から拍手が聞こえてきた。オーズスタン先生だ。


「すげえな坊主、まさか魔法使えねえのにステファニー嬢を倒したまうとは。お嬢はうちの教師陣でも五本の指に入るほどの実力者なんだぜ」


「ああ、やっぱ凄かったんっすね、ステファニー先生って」


「う、嘘……なんで魔法がまったく使えないのにあんなデタラメな事が出来るの?」


 俺とオーズスタン先生の会話が聞こえていないかのようにステファニー先生はぼやいていた。


 まあ、その疑問は最もだな。魔法を使って体を強化したならともかく俺は魔法がまったく使えない。生身で魔法、ましてや魔法陣を斬るなんて常識外れだ。


「……いいですか先生、これが人間の可能性です」


「可能……性?」


 俺の強さが信じられないといった顔を見せているステファニー先生に俺は落ち着いた口調で言う。


「はいそうです。今は魔法が大成してるから人は皆魔法に頼って戦争やら魔物退治やらをやりますが、じゃあ魔法が発見される前はどうだったと思いますか?」


「それは……剣や弓などで魔物などを退治していたとしか……」


「そうです、つまり人間は魔法無しでも魔物を退治出来るって事です。それに、今人間の生活を脅かしてる魔王も昔から存在していました。魔王には寿命がありませんから。そんな魔王に対して人間は魔法が大成していなかった時代も生き残る事が出来た。

 つまり、人間は剣や弓だけで魔王に対処出来ていたという事です。あなたは魔素量が強さのすべてだと思ってるみたいですが、それは違う。たしかに魔素量があった方が無い奴よりも遥かにいいでしょう。

 でもそれだけじゃダメなんです。人は悔やみ、悩み、努力した分だけ強くなる。魔素量が無くても人は充分強くなれるんです。ただ単に才能にあぐらかいてるだけじゃ強くならないですよ」


「で、ですが……」


 まあ、簡単には受け入れられないよな。今までの価値観とは全然違うわけだから。でもこの様子だとこの人ももうすぐで気づいてくれる感じがするな。


「その結果がこれです。魔法陣の投写速度、魔法の精密さ、それらを見る限りたしかにあなたも相当努力をして来たと思います。それは対峙すればすぐに分かりました。だけど、それだけじゃ足りなかったんです。

 あなたはたしかに努力をしてきましたが、それは魔素量が多いっていう慢心がある上での努力です。それでは意味がない。

 たとえ魔素量が多かったとしてもあなたはそれによる慢心など捨て、まるで弱者かのような気分で努力をしなければならなかった。そうしなければ俺には絶対に勝てません」


「で、ですが……今更そんな事言われても私はもうそれほど強くはなれません。それに、生徒を教える仕事をしている私は強くなる理由がありません」


「いや、そんな事無いっすよ。見た所あなたも若いんですし時間はまだあります。今の時点でもういるかもしれませんがあなたよりも強い生徒が現れると思います。そんな生徒に教えるためにあなたがさらに強くなる事は必要でしょう? 

 それに、もし魔王が侵攻してきた時の事を考えてみて下さい。その時は戦力はあればあるほどいいんです。強くなる事は決して無駄ではありませんよ」


「そうですか…………………………はい……そう…………そうですね……あなたの言う通りかもしれません。私の考えは、貴方という存在がいる以上間違っていたという事になりますね。…………わざわざ気づかせてくれてありがとうございます。リンドウナツ君」


 そう言い、ステファニー先生は頭を下げる。最初はかなり魔素量至上主義の先生かと思ったけど結構素直だなこの先生。多分魔素量が無いと絶対弱いみたいな事思ってたんだろうな。それが俺の実力を見て価値観が変わったと。価値観の変化をすぐに受け入れられるあたりきっといい教師なんだろうな。


「よし、坊主。これにて実技試験は終了だ。ステファニー嬢を倒した坊主の実力はかなりのもんだからそれなりに評価はされると思うが……まあ、何せ坊主の言う通り今は魔素量至上主義の世の中だからな。坊主の魔素量がゼロだからって理由で落とそうとする奴がほとんどだろ。まあ、俺とステファニー嬢が何とかしてやるけどあんま期待すんなよ」


「はいオーズスタン先生、期待してますよ」


「ははっ、プレッシャー与えんじゃねえよ。じゃあ坊主、次の奴と交代してくれ。お嬢、まだ実技試験は続くけど大丈夫か?」


 オーズスタン先生はステファニー先生を心配そうに見る。


「ええ、問題ありません。ではリンドウナツ君。もしあなたが合格したらその時はよろしくお願いいたしますね」


 そう言い、ステファニー先生は俺に微笑んだ。


「はい、ありがとうございます。では」


 そして俺は実技試験の会場である部屋から出た。





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