入学編

第2話不思議な少年

 これは、玉座の間で起こった悲劇の詳細が世間に知られないまま日々が過ぎ去ったとある日、空から降り注ぐ日光によって明るく照らされた学園での話である。とある国のとある学園で、一年に一度の大行事が行われようとしていた。


「はあ、来月からここに通うのか」


 この地域には真っ黒な短髪を掻きながらそう呟いたのは、魔法が発展した今の時代には珍しい代物である刀を腰に携えた十六くらいの少年だ。


 彼が今立っているのはリークレッド王国の中でもっとも有名な名門魔法師養成学校『ラーンベルト学園』の正門前である。この大陸有数とも言われている魔法師養成学校で行われようとしている大行事、入学試験に彼は参加しようとしているのだ。


 しかし今はまだ入学試験前であり、まだラーンベルト学園に通えるかどうかは決まっていない。にも拘わらずすでに通う事を想定しているという事は、よほどこれから行う試験に自信があるのだろうか。


「おいおい見ろよあいつ。剣なんか持ってるぜ」


「うわっ、ほんとだ。ファッションか何かか? だとしてもイケてねえよな」


「ははっ、まったくだ剣なんか時代遅れだってのにな。まともに使えたとしても魔法師に勝てるわけねえよ」


 そんな彼を馬鹿にするような声が周りの同じ受験生と見られる学生たちから聞こえてくる。やはり魔法師が近接武器を持っている事が珍しい…というよりかなりおかしく見えるらしい。それもそのはずだ。何しろ魔法が発展した今、刀や剣などの近接武器は完全に過去の産物になり果てたのだから。

 要は近接武器の所持者と魔法師が戦闘で敵として相対した場合、魔法師側は相手の間合いに入られる前に中・遠距離から高威力で射程の長い魔法で仕留めればいいだけなので、そもそも近づく前に近接武器側は倒されてしまうのである。そのため魔法が戦闘の主軸を担う現代では不利な点が多すぎる近接武器は一切と言っていいほど使われなくなり、それを未だに使っている人は変わり者や物好きとして扱われるようになったのだ。

 では、近接武器の届く距離まで間合いを詰められたらどうするのかという疑問が残るかもしれないが、その欠点を補う方法も魔法側にはしっかりと用意されているのである。しかし今はまだ説明する場面ではないため、この説明は後に取っておく。


 刀を携えた少年は当然自分を馬鹿にしてくる声が聞こえているが、特に気にした様子も見せずに正門に入ろうと立ち止まっていた足を進めようとする。


「ちょっと、あなた道を塞いでいるわよ」


「ん?」


 そんな彼の後ろにはいつのまにか背丈が少年とあまり変わらず、背筋が綺麗に伸びており、金髪長髪の見るからに位の高いお上品そうな少女が立っていた。どうやら立ち止まっていたことで少年は他の学生の邪魔になっていたらしい。


「お、おいあれって」


「あ、ああ。この国の第二王女、イリーネ様だ」


「相変わらずお綺麗だな」


「ああ、それにお強い。何せあの『栄光の世代』の一人だからな」


 その少女が現れた途端、少年を馬鹿にしていた声はピタリと止み、代わりにその少女に対する声があちらこちらから聞こえて来た。どうやらこのリーグレッド王国の王女らしく、かなり人気が高いのか少女の事を悪く言ったり訝しげに見ている人は一人もいなかった。


「ああ、悪るな。ちょっと疲れててよ」


 しかしこの国、ましてやこの大陸の人間ですらない少年に彼女のすごさが分かるはずもなく、少年は普通の通行人を相手にしているかのように接してしまう。


「……へぇ、あなた。私に普通に接する事が出来るのね。それに剣なんか持ってるし、面白いわね」


 そんな少年の態度が面白かったのか、道をふさがれていたことで迷惑そうにしていた彼女の表情には笑みが浮かんだ。王女という立場からか、普通に接してくれる人間がなかなか周りにいないのだろう。


「別に同級生になるかもしれない相手なんだからこの態度は普通だろ」


「ふふっ、いいわねその態度、気に入ったわ。あなたの名前は?」


 そして通常なら王女に対して不遜とも取れる少年の物怖じしない態度をますます気に入り、口元に小さく握りこぶしを当てて笑みを浮かべながら、少年の名前を尋ねた。


 そして王女が他の学生とは違い、刀を持っている自分を馬鹿にした様子が一切無い事を理解した少年も気分がよくなり、迷う事なく自分の名前を名乗った。


「竜胆夏だ」


「リンドウナツ? 変わった名前ね」


 あまりこのリーグレッド王国周辺では聞きなれない名前だったため、王女は少し首をかしげてしまった。


「ああ、まあこの国の出身じゃねえからな。あまり気にしないでくれ」


「そう、分かったわ。私はイリーネ・ユグドラシル、この国の第二王女よ。あなたも合格したら、その時はよろしくね」


「ああ、よろしく頼む」


 しかし本人に気にするなと言われたら気にするわけにも行かず、すぐさま疑問を振り払ったイリーネはそう自己紹介をしながら手を伸ばした。その伸ばされた手を夏は元気よく握り、二人は強く握りしめながらお互いに握手をした。


「ふふっ、今からこれから試験の準備をしないといけないからこれで失礼するわね。それじゃあねリンドウ君、お互い入学試験頑張りましょう」


「ああ、またな」


 そう言い、握手をし終えた後、こちらに手を振りながら笑顔で門をくぐて行くイリーネに、夏は同じく笑顔で手を振り返した。


「この刀に関しては少ししか触れない……か。多分あいつはいい奴だな」


 そうしてイリーネと会ったことで気分が良くなった夏は、イリーネの後を追うようにラーンベルト学園の正門をくぐった。








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