黙示録のラッパ吹き
岩月 敬一
第1話プロローグ
そこはもはや原型を保てていない城の中、その中心とも言える玉座の間にあたる場所だ。
「あ〜あ、私も……ここまでかな」
「………………」
そう嘆きながら仰向けに倒れている少女の身体には、至るところに深い傷が見られた。その傷の深さから、意識を保っているのもやっとだという事が簡単に伺える。
そんな傷だらけの少女の前に、一人の少年が座っていた。白と黒の髪を持ち、右手に刀を持っているその少年の身体は、深傷だらけの少女とは逆にまったくと言っていいほど傷が見られなかった。
「ほら……早く私を殺さないと……大変な事が起きちゃうよ」
意識を保っているのもやっとな少女は、辛うじて残っている体力を振り絞って目の前の少年に話しかける。
「いや…………殺さない。ここでお前を殺したら……俺は……俺はっ!」
大量の涙をその瞳から流しながら大声で否定する少年の口を、少女は続きを言わせてはならないと自分の手で塞いだ。そして再び力を振り絞って言葉を紡ぐ。
「ほら……我儘……言ってないで。君も……私がやった事を……忘れたわけじゃ……無いでしょ?」
「いや、でもそれは仕方がないだろ! あれはお前の責任じゃない!」
しかしただでさえ弱り切っている少女の手だ、少年は口を塞いでいるその手を自分の口から軽くどけ、少女に必死に反論する。
そんな少年の必死な姿に少女は困ったような弱々しい笑みを浮かべた。そう、その少年の言った通り彼女が今までやって来た事、それは決して彼女の責任では無いのだ。むしろ彼女は被害者と言える立場だろう。そのような事から少年の言葉に正当性がある事が分かっているため、少女は彼をどう説得するか困ったのだ。
「団長……」
玉座の間の入り口付近に、そんな二人の様子を見守る青年がいた。その前髪が完全に目にかかっている青年は右手に槍を携えたまま、戦闘に参加すらせず今に至るまで常に棒立ちで二人の様子を見守っていた。
「君の言う通り、もしかしたら……私のやった事は、私のせいじゃ……無いかもしれない。でもね、それ以前に私は……生きてるだけで人間に……災いをもたらす存在なの。そんな私が……生きていていいと……思ってるの?」
少年を説得する言葉に困っていた少女は、残り少ない力を使い何とか少年の説得を続ける。
「お前の身体の事はこれからなんとか解決策を見つければいいだけの事だろ!」
「そんな物……無いよ。私がどれだけ探したと……思ってるの? 私は魔王で……あなたは……それを討伐する者、いずれ……こうなる運命だったんだよ」
少年の提案に、自分の運命を悟っていた少女は諦めたような表情で反論する。
「で、でも俺はッ——」
「いいから私を殺してッ!」
それでもと続ける少年の言葉を、少女は叫ぶように遮った。その声は、少年が今まで聞いた事が無いような激しい声だった。
「もう人を殺すのは嫌なの! 今まで戦争をして来た君ならわかるでしょ? 終わらない悲鳴、悲しみ、絶望。もうああいうのを目にするのは嫌なの! 今までだってずっと死ねる場所を探してた、色んな方法を試した! でも支配されてる状態じゃ死ねなかったの! 死ぬならあいつの支配が行き届いていない今しかないの、お願いだから私を殺して!」
それはもはや悲鳴とも言える叫びだった。それほど人を殺す事が苦痛だったのだろう。それほど生きる事が苦痛だったのだろう。少年が体験する事の出来なかった痛み、だが同時に理解する事の出来る痛み。だからこそ少年は辛かった、少女を殺す事こそが、彼女にとっての救いになると最初から理解している自分がいたから。
「…………分かった。じゃあ最期に言い残す事はあるか?」
自分にとっては辛い事、しかし彼女にとって救いとなるならば、少年には少女を殺す以外の選択肢は無かった。そう覚悟を決めた少年は微笑みながら少女に聞く。
「ふふっ、ありがとう。言い残す事か……そうだな…………あっ、じゃあ一つあるから、それを言ったのと同時に私の首を切って」
少年が自分の説得に応じてくれた、その事に安心した少女は軟らかい笑みを浮かべた。自分を殺すことは少年にとってとてつもなく辛い事であるのは少女も分かっている、しかしそれでも自分の気持ちを汲んでくれた事が少女は嬉しかったのだ。きっと彼女の気持ちをわがままと捉える人もいるだろう、しかし彼女はどう転んでもこの場で命を散らす身、最後ぐらい自分のわがままを通しても許されるだろう。
そしてそのわがままついでにと、少女は少年に一つお願い事をする。
「…………分かった」
少年は少女の言っている意味があまり理解できなかったが、それでも少女の最期の願いを叶えようと立ち上がり、手に持っている刀を振りかぶる。そうして、引き裂けそうになる自分の心を押さえつけながら、少女の首を斬る動作に入った。そして…
「好きだったよ」
「!?」
少女の口から放たれた最期の言葉に少年は深く驚いた、自分が振り抜いている刀を止めようと思いもした程だ。しかし、少女がなるべく辛くならないように勢いよく振り下ろした少年の手は、その言葉が聞こえてきた時にはもう止める事が出来ない状態にあった。
《グサッ》
そうして無慈悲に、少年の振り下ろした刀は勢いよく少女の首を刎ねた……。
……少年は、少女の言葉が信じられなかった。『好き』、その言葉を彼女から直接言われた事は無い。そのためか、自分だけの片思いだと思っていた、だからこそ自分の気持ちをずっと内側にとどめていた。だが彼女は最期、たしかに少年にそう告げたのだ。
少女は気づいていたのだろう、もし自分がその言葉を言ってしまえば少年は絶対に自分を殺せなかったと。だからこそあのような提案をしたのだ。事実、その言葉を聞いてしまえば少年は少女を殺せなかった。もともと愛する彼女の意を汲んで、辛うじて精神を保もさせたまま殺したのに、そんな言葉を聞いてしまえば余計に少年に少女を殺すという判断が出来るわけが無かった。
しかしそれは、精神が壊れてしまってもおかしくない……いや、少女を殺したあと確実に壊れていたであろう少年にさらに追い討ちをかけるような言葉だった。もちろん少女に悪意の類は一切無い。ただ最期に自分の気持ちを伝えたかっただけ、せめて死ぬ前に、今まで我慢していた自分の気持ちを最期に愛する少年に伝えたかっただけ。しかしそれは、少年の精神を完全に破壊するには十分な物だった。
好きだった少女を実際に自分の手で殺してしまったという実感、そして彼女が彼に対して抱いていた感情、その事に耐えられなかった少年はよろめきながら座り込み、胴体と離れた少女の頭を自分の胸に抱き……。
「あ、ああ、あああ、うぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ!!!!!!」
そして叫んだ。涙が枯れてしまっても構わない、喉が枯れてしまっても構わない。彼は心の痛みをかき消すようにただひたすらに出したことも無い大きな声で叫んだ。だがその心の痛みが消える事は無い、それほど彼女の存在は少年にとって大きかったのだ。
大声で泣き叫ぶ少年。その姿を玉座の間の端にいる青年は遠くから静かに、悲しそうに、そして少年ほどでは無いにしろ絶望した表情で見ていた。
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