十三日目・参ノ刻『勇者対天使』

「どうしてここにロンギヌスが!?」


 天神は驚いていた。

 天神は完璧に相手の状況を把握し、その上で今という日にこの場所に攻めている。はずが、なぜか目の前にはロンギヌスがいる。圧倒的驚異になるであろう、ロンギヌスが。


「天神様。どうしますか?」

「どうするって……何もできるはずがない……」


 アイスエルの問いに、天神は冷や汗を流すことしかできなかった。

 それを見るや、ロンギヌスは微笑んで天神の手に刺した槍へと手をかざす。すると槍は宙を游ぎ、いつのまにかロンギヌスの手元へと戻っていた。


「さすがはロンギヌス……。我々の窮地を一瞬で救ってしまうとは……」


 仲間である勇者たちでさえ、彼の登場には驚きと安堵を同時に抱いていた。

 それ故、天使たちは絶望の表情に叩き落とされていた。


「インディア。勇者たちを下がらせておけ」

「だが……」

「聞こえなかった?"邪魔"って言ってるの」

「わ、分かった」


 インディアは威圧に圧倒され、すぐさまその場にいた勇者たちを退かせた。退いた勇者たちはロンギヌスの背後で身構えている。


「では天神。並びに全天使よ。ここで死んでくれ」


 ロンギヌスは槍を強く握ると、一瞬にしてその場から姿を消した。次に現れた場所は、血飛沫を上げて地へと落ちる天使たちの背後。


「まずい」


 アイスエルは空を駆けてロンギヌスへと蹴りを入れる。だが、既にそこにはロンギヌスはいない。


「アイスエル……」


 アイスエルは悟ったーー己の死を。

 一瞬にしてアイスエルの背後をとったロンギヌスは、槍を振り上げてそれを振り下ろす。


(死んだ……)


 アイスエルは終焉に浸る。


「させるか」


 男の蹴りがロンギヌスの振るう槍を押さえた。


「サソリエル!」

「アイスエル。お前はここにいる天使たちを率いてここから天界に逃げろ」

「私だって……」

「天神様の命令だ」


 アイスエルは黙り込む。


「アイスエル。俺と天神様がロンギヌスを止める。だからぁぁ、もし俺たちが死んだら、天界は託した」

「嫌だ」

「戦闘中に喋るとは」


 ロンギヌスは槍を振るってサソリエルを吹き飛ばす。だがロンギヌスのまえへ天神が立ちはだかる。


「やっとボスの登場かい」

「ロンギヌス。あんた、空も飛べんくせに脚力だけはあるな」

「当然さ。空を飛ぶ獲物を狩るには、高いジャンプ力が必要さね」


 ロンギヌスは地面に着地して空へと飛び、地面へと着地して空を飛ぶを繰り返して戦っている。

 それでもロンギヌスの強さは圧倒的なのか、天神は少しずつ圧されていっている。


「負けるか。『天剣』」


 天神が空へと手をかざすと、巨大な剣が空からロンギヌスへと落下する。


「お前たち。今の内に空へと逃げろ」


 天神の声に、多くの天使たちが空へと駆ける。だが逃がすまい。

 勇者は地上から魔法を浴びせ、数名の天使を地へと落とす。


「お前ら。仲間の死を越えて、進め」


 天神のその声に、天使たちは空へと逃げる。


「アイスエル。必ず帰ってくるから。それまで、待っていてくれ」

「やめてくれ……」


 解っているさ。それがお前の最後の言葉になることくらい。

 解っているんだ。お前は、今ここで死のうとしている。三百年前から紡がれた、を背負いながら。


 サソリエルはアイスエルの腹へと手をかざすと、神聖な光を放出して彼女を遠く離れた空にある天界へと飛ばした。アイスエルは戻ろうにも戻れない。

 ただ手を地上へとかざし、もう二度と会えない彼の名前を叫びながら泣きわめいた。


「サソリエル」

「すまないな。どうやら俺は、お前の涙一つ、拭えないらしい」


 サソリエルは天使たちへと魔法を放つ勇者の攻撃を防ぐ。


「サソリエル。なぜお前はここに残っている」

「天神様。俺には護りたい人がいる。だから、共に戦わせてください」

「全くお前は……手間のかかる我が右腕なのだから」


 サソリエルと天神。

 彼ら二人は驚異ーーロンギヌスへと戦いを挑む。

 背で空へと逃げる天使たちを護るため、そして未来への希望を託すため、いまここで、彼らは戦う。


「さすがは天使の中でも上位の存在。だが、ここでお前らは終わりだ」


 ロンギヌスは槍を地に刺した。

 その瞬間、何かが起こった。その何かに天神とサソリエルは飲み込まれた。


「我が羽は、どうやら彼女には届かなかったらしい……」


 純白の光が上るその場所で、天使は羽を散らして堕ちていく。

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