十二日目『実らぬ努力はない』

 また朝が来た。

 ここへ来てから何度目の朝だろうか。

 そういえば、何で僕はここへ来ているのだろうか?


 ーー三十年前、天界は危機に陥っていた。

 その原因は、魔王が率いる十名の魔族が圧倒的な力で天界や地上を荒らしまくっていたからである。


「天神様。このままでは地上が火の海となり、天界までもが滅びます」

「さすがは魔王だ……。だがこの世界を彼らに渡すわけにはいかない」


 冷や汗を流し、天神である彼女は滅ぶ地上を見てふと思った。


「ゼルドエル。私は未来に託すことにした。この先生まれてくる多くの天使へと未来を託す。だから私の代わりに新たな天使たちを導いてくれ」

「ですが天神様……」

「私は君といれて本当に良かったよ。本当に……本当だ」


 天神はまるで笑い方を知らないように、堅苦しい笑みを浮かべた。そんな笑みを彼へと残し、彼女は一人地上へ降りた。


「天神様ぁぁああ」


 叫ぶゼルドエルの声を聞き、天神は少し寂しい気持ちになった。

 もう彼と会えなくなるのだと思うと、胸に鎖が刺さったような痛みで苦しくなる。


「ゼルドエル。あなたならきっと、未来を明るくできるはすです」


 そして天神はとある勇者とともに魔王とその部下と戦った。結果は解らないが、きっと天神は勝った。きっと勝ったのだろう。

 そう思い込み、ゼルドエルは今天神の座を受け継いでいる。そして彼は、ムーンアイという王女を救うため、僕たち天使をこの勇者機関へと潜入させた。


(勇者機関。その実態は明かされてはいないが、勇者を育てるということは明らかな嘘であろう。恐らく勇者機関の本来の目的は……)


 そこで僕は考えるのを止めた。

 これ以上考えたところで、何かが解るわけでもないのだから。


「にしても、ここは広いな」


 いつの間にか、僕はこの広い施設の中を徘徊していた。


「おいラファエル。もうすぐ授業が始まるぞ」

「ああ。僕はパスで」


 僕はリーフィア先生の言葉を無視し、施設の中を歩き回った。だが特に隠し扉や鍵のかかった部屋などは存在しなかった。だがーー


「ここは!?」


 勇者寮とは反対側にあるここ教師寮には、光沢のある黒色の扉が堂々と隠されることもなく存在していた。それに見た感じ鍵などはなさそうだ。

 僕は好奇心に従い、扉を開けてその部屋へと入っていく。その寸前、


「駄目だよ。この部屋に入っちゃ」


 そう言ったのは、勇者ピエロであった。

 彼は僕の肩を叩き、早々に扉を開けさせるのを止めさせた。


「この部屋に入ったことがあるのかい?」

「いいや。だがこの部屋に入った者は、二度とその部屋から戻ってくることはなかったんだ。それでも君は、この先へ進むかい?」


 重圧を感じ、僕は思わず扉を押していた両手を離す。

 危険を感じ、僕はすぐさまその場から離れる。


「どこへ行くんだい?」

「授業に戻るだけだよ」


 僕は授業をしているであろう訓練所へと到着した。


「今日はいつにも増して気合いが入っているな」


 そう多くの勇者が二人を見て感激していた。

 僕は誰と誰が戦っているのかと覗いてみると、サリエルとルリエルが戦っていた。


「勇者サリエルと勇者ルリエル。この戦い、どっちが勝つと思う?」


 多くの勇者がそう盛り上がっていた。

 間合いでは槍を持っているサリエルの方が有利そうだが、剣を持ったルリエルも負けてはいない。


「吹き荒れろ。『風吹ウィンド』」


 サリエルの槍には風が纏われた。


「静けさや、青く沈み行く心より。『海刃アクエリアス』」


 対して、ルリエルの剣には水が纏われた。

 サリエルとルリエルは真正面で向かい合い、そして互いの武器を振るった。その迫力に床や天井は大きく揺れ、煙が周囲に立ち込めていた。


「す、すげー」


 煙がはけると、二人とも倒れずにそこには立っていた。

 再びサリエルが槍を構えると、リーフィアは一喝する。


「止め。この勝負、サリエルの勝利とする」

「先生。まだ……」


 何か言い欠けるも、ルリエルは力尽きて倒れた。

 次にルリエルが目を覚ましたのは、勇者保健室であった。そこで横たわるルリエルは、目を開けて看病している少女を見た。


「サリエル……」

「ルリエル。強かったよ。多分、今までで一番強い相手だった」

「ありがと……。でも大丈夫だよ。自分の実力は、自分が一番分かっているんだ。私はとても弱いよ」


 ルリエルは布団で顔を覆い、霞んだ声でそう言った。

 サリエルは言葉を掛けてあげようにも、何も思い浮かばなかった。なぜならその姿は、昔の弱い自分そっくりだったから。


「ルリエル……」

「サリエル。少し一人にさせて」

「あ、ああ」


 一人になったその部屋で、ルリエルは布団からひょっこりと顔を出した。


(あーあ。やっぱ私、弱かったかな。もう少し自分の実力は分かっているとは思っていたけど、どうやら何も分かっていなかったみたいだね)


 ルリエルは窓の外を眺める。

 そこには、ラファエルが一人必死に剣を振っている姿があった。

 その姿を姿を見て、ルリエルの脳内には天神様との記憶が映画のフィルムのようにゆっくりと流れる。


「なあルリエル。戦うことにおいて、一番重要なのは何か分かるか?」

「何って、強いことでしょ」

「それは違うよ。ルリエル」

「何で?」


 ルリエルは首を傾げて天神様へと聞いた。すると天神様は笑顔でにっこり笑ってこう言った。


「一番重要なのは、たとえ負けたとしても、次勝つための努力をし続けることだ。努力をし続ければ、自ずと強さは味方してくれる」


 ルリエルは布団をなぎはらい、外へと出た。

 そして真夜中になり、訓練所からは何やら音がしていた。

 そこでは、三人の勇者がそれぞれ素振りをしていたのであった。

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