十日目『敗北の味』

 勇者を育てる地下施設では、今日も元気に勇者たちが訓練に励んでおります。

 モンスターを倒して勇者と讃えられる日を思い描き、勇者はこつこつと剣を振る。その裏では、勇者はこつこつと死んでいるのです。

 屍はこつこつと積み上げられ、そしてこつこつと絶望が迫っているのです。


「リーフィア先生。槍の稽古をお願いしたいのですが」


 そう言ったのはサリエルという少女。


「ああ。少しの間だが付き合ってやる」


 サリエルとリーフィアは訓練所へと移動した。

 サリエルは両手で槍を構え、その槍をリーフィアへと向ける。対して、リーフィアは木刀を構えてサリエルの前でたたずんでいる。


「さあ来い。どこからでもかかってこい」


 サリエルは槍を振り上げた。だがその瞬間、リーフィアは足を一歩前進させた。それに気づいたサリエルはすぐさま一歩後退する。


「さすがだな。確かにお前になら、本気を出してもいいかもな」


 リーフィアは慢心した笑みを浮かべ、今初めて両手で木刀を握った。それはサリエルへの敬意をはらった行動であるのだろう。

 サリエルは槍を構え、リーフィアの攻撃を警戒する。

 息すらすることを躊躇うその時間の中で、先に動いたのはリーフィアであった。


「消えた……?いや、まさか……」


 サリエルは咄嗟に振り向き、槍で振るわれたリーフィアの木刀を防いだ。サリエルはリーフィアに少し圧されている。


「負けるものか……」


 サリエルは槍を左へと流すように力を抜き、リーフィアがそのまま左へと足を崩すのを見計らった瞬間、リーフィアの腹へと横槍での一撃をくらわした。

 リーフィアは吹き飛び、背面にあった壁へとぶつかる寸前で床に木刀を刺して止まった。


「リーフィア先生。その程度ですか?」

「いいや。私が負けることは、ない」


 リーフィアは剣を下へ振り下ろして構えると、そのまま天井や壁を行き来してサリエルの目をくらます。さすがにサリエルその速度には追いきれないのか、槍を厳かに構えていた。


「隙あり」


 リーフィアは背中ががら空きなのを見て、サリエルの背中へと槍での一撃をいれる。サリエルは足を崩して前へと倒れるも、すぐさま足を地について背後へと槍を振るう。

 だが、既に兵はそこにリーフィアはいない。


「まさか……!」


 リーフィアはサリエルの前方へと回り込んでいた。リーフィアは槍を振り上げ、サリエルを頭上へと吹き飛ばした。

 サリエルは地面へ寝転び、静かに天井を見上げていた。


「リーフィア先生。私は……弱かったですか?」


 涙ながらに、サリエルは言った。

 今まで敗北を知らなかったサリエルにとって、今日味わった敗北はとても痛いものであったのだろう。

 その姿を見て、一瞬、リーフィアの顔には"優しさ"がこぼれ落ちる。


「サリエル。敗北の味はどうでしたか?」

「二度と……味わいたくない……」

「サリエル。あなたにはまだ伸び代がありますよ。いえ。あなただからこそ、伸び代があります。サリエル、あなたなら、いつか世界を変えてくれる。私はそう願っていますよ」


 初めて見るリーフィア先生の笑顔は、サリエルにとって自分を変える大きなきっかけでもあった。

 悔しさを滲ますサリエルを背に、リーフィアはその場を去った。


 ーーいつかあなたに勝ってみせますよ。リーフィア先生。


 一人の少女は決意した。いつか誰よりも強くなってみせると。

 一人の女性は覚悟した。もう、既に自分は儚く消えていく者なのだと。


 時刻は既に夜の九時。

 その時刻に集められた勇者たちは、誰が卒業するのか、という発表を静かに待っていた。

 その教室へ、リーフィアは焦ることもなくただ無言で入ってくると、一言彼らにこう言った。


「問題が発生した。ということで、今日卒業生は出せなくなった」


 ーーその頃、天界にて


 羽を生やした一人の天使が、猛スピードで一人の男の前へと飛び駆けていた。


「天神様」

「どうした?そんなに慌てて」

「ムーンアイ様が…………生と死の境をさ迷っています」


 その言葉を聞いた天神様は、絶望、という言葉をただ顔に表していた。


 そんなこともつい知らず、一人の女性は眠りの中で静かに歌を刻んでいた。


「私は王女ムーンアイ。さあ家臣どもよ。膝まづきなさい」


 王女ムーンアイは、夢の中に囚われていた。

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