九日目『わずかに抱いた希望の中で』

 ルナ王国王宮の地下には、地下施設が存在すると言われている。そこから抜け出すには、当然転移魔法がなければ無理であろう。

 そんな地下施設の中で、多くの勇者が教育されていた。


「勇者ラファエル。そんなことでは下級モンスターはおろか、スライムすら倒せないぞ」


 一人の教師の激が飛ぶ。

 それに一切の返答を見せず、剣を捨て、少年は無視をしてその場から立ち去った。


「ラファエル。どこへ行く?」

「そんなの決まってるでしょ。帰るんですよ」


 ラファエルの足取りは重く、そして背中はとても暗かった。そんなラファエルの背中を見た教師ーーリーフィアは呆れ、頭を抱えて他の勇者の指導へと励む。

 帰ったラファエルはと言うと、自室に戻って剣を素振りを始めた。


(努力など意味のないものだと解っている。それでも、強くありたい)


 ラファエルは強さに憧れていた無垢な少年であった。だが彼は弱かった。


「天神様。どうして僕は弱いのでしょうか?」

「子供の頃は誰だって弱い。この先多くのことを学んで、そして強くなれ」


 それでもラファエルは強くなることはなかった。

 ラファエルは天界かた地上へ降り、そこで降り立った村を救うことはできなかった。何一つ護れず、ラファエルは目の前の人々を殺したのだ。


「天神様……」


 ラファエルは一人、孤独の部屋で思い詰め、剣を置いてベッドに横たわる。


「あーあ。しんどい」



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「では今日卒業する勇者は、ロロエル、君だ」

「はい」


 今日選ばれた勇者は、ロロエル。

 彼は二丁拳銃を使って戦う勇者であり、そして彼の冷静な判断力や行動力はまだ完璧ではないにしても、相当強いことは間違いないであろう。


 彼は王宮へ招かれるなり、命を下された。


「これより魔王樹の森へと向かい、王女ムーンアイを奪還せよ」

「はい。お任せを」


 そして彼は、魔王樹の森へと足を運ばせる。

 魔王樹の森へつくなり、ロロエルは二丁の拳銃を構えて厳重に警戒をする。そのまま警戒しながら歩き、巨大な樹へとたどり着く。


「これが……魔王樹」

「よくぞたどり着いたな。だが貴様はここで死ぬ」


 そこへ魔王は現れた。だが既に、ロロエルはそこにはいなかった。ロロエルは既に、魔王樹の中へといた。


「王女ムーンアイ。私はあなたを救いに来た勇者、いえ、天使です」


 この時、初めてムーンアイは笑った。


 私は救われるのだろうか?

 きっと、この人が私を救ってくれるのだろうか?

 私は、私はやっと……生きていて良かったと、そう思えるのです。


 私の心には花が咲く。その花は太陽のように明るくてーー


「勇者よ。まさか転移を使えるとは驚いた」


 ーーそして、花は枯れた。

 当たり前だ。魔王を倒せることができる者などいない。

 どうして私は期待を忘れていなかったのだろうか?そうだよ……私はもう、期待しないって決めたはずじゃないか。一人で生きて、誰も死なない未来を望んだんじゃないか。

 もう勇者は死なないで。


「ムーンアイ様。私に掴まってください。すぐにここを抜け……」

「駄目だ。この中では魔法は使えない。外からの影響は受けるが、内部では魔法など使えない。だから私を救うことはできないんだよ。私が救われることはないんだよ」


 そうだ。私を救うことは神でさえ不可能なんだ。

 だから勇者よ、逃げてくれ。


「それでも戦わなくてはいけません。」


 現れた魔王へと銃を向け、勇者はそこへと立ち塞がった。

 結果など既に見えている。魔王と戦おうとする時点で、既に勝敗は決まっているのだから。


「勇者ロロエル。ここにて、死して戦う」


 ロロエルは銃を握る。

 目の前の敵がかなわぬ敵だと知っているーー当然だ。

 目の前にいる敵は多くの者を殺してきているーー気配で分かる。

 その敵は恐ろしく強いーー解っている。


「勇者ロロエル。お前は五秒と持たない」


 ロロエルは無数の銃弾を乱射した。

 とある弾丸は壁を粉砕し、とある弾丸は地面をも粉砕した。そしてとある弾丸は魔王の心臓へと直撃するも、弾かれて地面へと転がる。

 ーーそれでも


「ロロエル。お前は天使ではなく勇者になれ」

「どうしてですか?天神様」

「そっちの方が、かっこいいだろ」


 解りました。天神様。

 俺は、勇者になります。


 銃弾強化、火属性付加、雷属性付加、風属性付加、光属性付加……

 もちろん、どの魔法も発動しない。


「負けない。俺は絶対、負けられないんだ」

「ほう。なかなかやるな」


 今日初めて、魔王の体に傷が……


「私は体を有していない。だからこそ、君たちでは私を殺すことはできないのだよ」


 魔王の体に触れた銃弾はなぜか体に吸い込まれていき、未だ魔王に傷がつくことはない。


「どうして……攻撃が効かない……!?」

「考えてみなよ。答えは意外と」


 魔王はロロエルの背後へと回り込む。そして、魔王はロロエルの心臓へと背後から手で触れた。


「さようなら。強き英雄よ」


 その瞬間、ロロエルの体は粉々に砕けて消し飛んだ。たった一瞬にして、ロロエルは灰と化したのだ。

 魔王は希望から絶望へと叩き落とされたムーンアイを見て、悪魔のような微笑みを見せた。


「なあムーンアイ。お前が生きている限り、死者は増え続けるのさ。だから生きている間は苦しみ続けろ。何百年、何千年と苦しみ続けろ。その度に、勇者は死んでいくのだから」


 解っていた。

 ーー当たり前だ。

 理解していた。

 ーー痛みでな。

 それでも希望は心のどこかには持ち続けてしまっている。


「魔王。私は、決めたよ」

「何をだ?」

「誰も死なない世界のために、私が死んでやるとな」


 ムーンアイは近くにあった窓を割り、高いであろうその樹の中から飛び降りた。ムーンアイの予想通り、そこは高い場所であった。そこから落ちていくムーンアイは、涙ながらに笑っていた。


「愚かだね。王女ムーンアイ」

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