七日目・後夜『勇者全滅』

 モンスターが勇者寮や校舎から離れている訓練所内で暴れている中、一人の少年は先ほど知った恐怖に身を震わしていた。


「まさかリーフィア先生たちが……俺たち勇者を殺そうとしているなんて……」

「見つけたぞ。勇者アズマロー」


 アズマローは何も知らないような振る舞いを見せ、リーフィア先生に何も分かっていないような顔で振り向いた。


「先生。どうかしたんですか?」

「そうか。やはりお前だったのか。アズマロー。人の命の重みは重々理解している。人とは儚い生き物であり、それが人の美しさを極端に引き出すこともあるのだから」

「何を言っているんですか?」


 悲しい顔をしながら歩み寄るリーフィアに、アズマローは首をかしげる。リーフィアはアズマローの心臓部へと手を当てると、アズマローの心臓にはまるで心臓が破裂したような痛みが走る。


「うががああああぁぁぁああ」


 アズマローは心臓を押さえながら廊下を転がった。


「どうして、私はこの道を選んでしまったのだろうか?もう少し違う道があったはずなのに……」


 どことなく虚ろな表情を浮かべるリーフィアの心は、晴れることはない。ただずっと曇り空が広がり、彼女の心がさらけ出されることはない。


「すまないな。アズマロー。私は最低な奴だから、あの世で恨んでくれ。私は誰よりも最低で、誰よりも自分勝手なんだよ」


 アズマローの心臓を引き締める苦しみは増していき、次第に痛みでアズマローは呼吸をできなくなった。初めて味わう苦しみに襲われ、アズマローは切ない表情を浮かべているリーフィアの顔を最後に見た。


「さようなら。アズマロー」

 ーーどうして先生は、そんな悲しい顔をしているんですか……。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 勇者ノヴァとリンネは、屋根を走って狼煙が上がる方へと足を進ませていた。


「なるほど。訓練所にモンスターが現れたか。だがなぜ!?」


 ノヴァは理解に苦しむ。

 もし国が勇者を殺していたのだとして、それに何のメリットがあるだろうか?勇者を殺すことはモンスターに支配される国を創ることに等しい。それをなぜ国がする理由があるのだろうか?


「リンネ。お前は何の魔法が使える?」

「私の得意魔法は風。それと固有能力はない」

「解った。なら風で思いきりオレを飛ばしてくれ」

「でも……」

「頼む。こうしている間にも多くの仲間が死んでいるかもしれない。それだけは……それだけは断じて許せないんだ。だから頼む」


 リンネは何か考えていたが、決心したように息をのみ、足を止め、両手を重ね合わせた。


「後悔しないでよ。ノヴァ」


 リンネは突風で遥か先にあったはずの訓練所へとノヴァを飛ばした。ノヴァは訓練所の真上へと一瞬にして移動すると、風を進行方向とは逆に放ち、破壊された訓練所へと飛び降りた。

 ーーそこでノヴァは見た。

 無数に転がる仲間の死体。それらを見て、ノヴァの心には沸き上がる何かがあった。


「お前がここに侵入したモンスターか?」

「正解。話すのはめんどいから、是非ともかかってきてくれ」


 戦う気満々のモンスターへ、ノヴァは走って背後へと回り込む。


「予想通り背後をとったか。だが遅い」


 四足の足を巧みに動かし、ノヴァの背後へと回り込んだ。ノヴァは驚き顔を両腕で覆ったが、それを見越してモンスターは拳での一撃で腹を殴る。


「ぐはっ……」


 ノヴァは壁へ激突し、瓦礫を吹き飛ばして地へ転がる。そんなノヴァへとモンスターは歩み寄る。


「おいおいおいおい。まだこの程度じゃないだろ。勇者さん」


 勇者。

 その言葉を聞き、ノヴァは確信した。


「そうか。お前、やはりこの場所を知る何者かに意図的に連れてこられたのか」


 ノヴァは鋭い殺気を向けつつ、立ち上がった。


「許せないよな。絶対に許せないよな。オレは、もう失うのは苦しいんだ。あの時全てを失った。それでも何度も失ってしまう。どれだけ後悔を重ねても、オレは成長できないんだ。そんな自分が、オレは大嫌いだ」


 ノヴァの手には純白に輝く剣が握られていた。


「成長するにはどうすればいい?不条理に抗うにはどうすればいい?仲間を護るには何を捨てればいい?」


 ノヴァは剣を振り上げ、目の前の敵へと駆け抜けた。


「オレは、失うのは嫌いだ」


 ノヴァの速さに追い付けず、モンスターは体を真っ二つに斬られた。胴体が地面へと転がると、そのモンスターは灰のように散って消失した。


「ノヴァ。侵入したモンスターは?」


 今到着したばかりのリンネは、剣を握って空を眺めていたノヴァへと問う。するとノヴァは深いため息を吐き、振り向き様にこう言った。


「また、何も護れなかったよ。相変わらずオレは、弱いままらしいな」


 そう言ったノヴァの瞳からは、雫が一滴こぼれ落ちた。


「ノヴァ。君はもう強くならなくていい。君が救われる方法は一つ。ここから逃げることだよ」

「リンネ。逃げてもいいか?この不条理な現実から」

「もう逃げなよ。私たちは十分頑張ったでしょ。命なんか腐るくらいに、頑張った」


 今日、誰一人として魔王樹へは現れなかった。

 それは、その地下施設にいた全ての勇者が死んだからであり、そして生き残った二人の勇者がその地下施設から逃げたからである。


 ーー逃げたっていい。戦うのは、自分が苦しくなるだけだから。それでもまたいつかは現実と向き合わなければまらない時が来るだろう。その時は、僕たちは本当の勇者になれるだろうか?















いや、なれない。

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