四日目『どれだけ世界を恨んでも』
世界とは個人ではない。
だからこそ世界は個人を楽々と裏切り、ただ静かに憂鬱に浸る。
それでも世界を憎いというのなら、それはそれで良いのだろう。
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そこは王宮の地下深くに存在する、勇者を教育する施設であった。そこには既に百以上の勇者が存在しており、彼らは何のために集められたのかは教えられてはいない。
「勇者ノヴァ。なぜ今日も授業に出席しなかったのですか?」
一人の女教師は白髪で機嫌の悪そうな少年へと問う。すると少年は笑みを浮かべ、こう言った。
「リーフィア先生。オレ、一つ疑問に思ったことがあるんですけど、聞いてもいいですか?」
「はい。何でもどうぞ」
「なぜここを卒業した勇者は一人もここへ戻ってこないのでしょうか?やはり卒業して経験を積んだ勇者から教わった方が効率も良いと思えるのですが。それに毎日一人卒業させ、そして十日に一回のペースで大人数を入学させるのはおかしくないでしょうか?」
リーフィア先生は驚きを隠しつつも、冷や汗までは隠せない。
ノヴァはリーフィア先生の顔を見て、何かを悟ったのか、先生の前を後にする。
「ちょっと待ちなさい」
それでもノヴァは歩みを止めない。
リーフィアはため息を吐きつつ、廊下を歩いて漆黒の色をした光沢のある巨大な扉の前へとついた。そこへつくなり、リーフィアは右手を扉へと当てた。それに呼応し、扉は赤紫色の光を発して開いた。
「おやおや。Mr.リーフィア。何のようかな?」
そこには棺桶が十個並んでおり、声が棺桶からしている。
「ノヴァという少年なのですが、恐らく彼はこの機関がひた隠しにしていることに勘づいてきている可能性が高いです。卒業させた方が良いのでは?」
「いいや。まだ彼は泳がせておくつもりだ。それに今日は既に卒業させる者は決めている」
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勇者の教室では、リーフィアが今日卒業する勇者を発表していた。
「今日卒業するのは勇者コウタロウです。ではコウタロウ君。別れの言葉を皆に」
コウタロウは促されるままに教卓に立ち、席に座っているクラスメートへとお辞儀をした。
「皆。おいらがここを卒業した暁には、この世界からモンスターを一匹残らず殲滅するぜ。だから皆は安心して暮らすがいいぜ」
そんな期待と希望を胸に、まだ少年であるコウタロウは初めてその地下施設から外へ出た。
案内された場所は、当然王宮の広間であった。そこで玉座の前にひざまづき、国王より言葉を祝される。
「勇者コウタロウ。そなたはなかなか良い成績を残したので、一人前の勇者となって旅へ出てもらう。その試練として、そなたにはとある森へ行き、塔のような巨大な樹へとついてもらう。そこには一人の女性が囚われている。だからその女性を護るモンスターを倒し、帰還してくれ」
「解りました」
勇者コウタロウは腰に提げた刀を震えた手で握り、いざ森へと歩き出す。
「いきなりミッションだなんて……さすがに怖いな…………」
コウタロウの震えは収まらず、道中何度も歩みを止めてしまう。それでも勇気を出して前へと進み、ようやく巨大な樹の前へとたどり着いた。
「にしてもでかいな。他の木の百倍以上はあるじゃないか」
コウタロウは感嘆していると、そこに黒い人型の何かが現れた。
「モンスターか。ここで女性が囚われていると聞いたのだが、本当か?」
コウタロウは刀を抜いてそう問う。
それに呆れた魔王は、頭を抱えて笑い出す。
「なるほど。今回はなかなか未熟な勇者を派遣して来たか。まあそれも一つの手ではあるがな。ところで勇者よ、お前はまだ幼いようだが、自分が本当に勇者の素質を持っていると思うか?」
「持っているも何も、素質があるからおいらは……」
「周りとの差を感じたことはないのか?」
その言葉を聞いた途端、コウタロウの口は止まった。
「なるほど。もう話は済んだかな。では勇者よ。また一人さようなら」
魔王は人差し指をコウタロウの心臓部へと向けると、レーザーポインターのような赤い線が心臓部を照らす。
「『赤い悪魔』」
コウタロウは胸を押さえるほどに痛い苦しみが体全体に走った。コウタロウは地面を転がってその痛みに苦しむも、一向に痛みは治まらない。
「これは……」
「勇者よ。終わりだ」
コウタロウは口から泡を吹き、涙を流しながら死んでいった。
(おいらは強くなれたはずなのに……。おいらは誰よりも強くなったはずなのに……。どうしておいらは…………)
コウタロウ走馬灯に浸り、そして一人の少女の顔を思い出していた。
「サリエル。おいらは……まだ君に…………す…………」
何かを言い欠けた直前、コウタロウは死んだ。
魔王はまた一人勇者が死んだと微笑んで、そこへ一本の木を生やした。
「明日はどんな勇者が来るだろうか」
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