三日目『思い出は紙切れと消えて』

 また日は昇ることはなく、月が空に座り込んだまま次の日は訪れた。

 私は今日も来る勇者に怯えながら、ひたすら壁に背中を擦り付け、体育座りをして深く落ち込んでいた。

 誰かが苦しむのはもう見たくない。けれど勇者は私の首を絞めに来る。


 ーーそれでも勇者は私を苦しめる。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 とある辺境の村ーーカシャゴ村

 そこには勇者の素質がある者などいないとされていたが、その村から初となる勇者が誕生した。


「ママ。お兄ちゃんが勇者?になったの?」

「そうよカムイ。お兄ちゃんは村のヒーローよ」


 カシャゴ村は大騒ぎであった。

 なんせそこはちんけな村であったから、一人でも村から勇者が出てくれるのは嬉しいことであった。今日村から現れた勇者を祝うため、盛大な祝祭が開かれていた。


「お兄ちゃん」


 カムイは兄であるタツマキへと駆け寄った。タツマキはかわいい弟であるカムイの頭をなでなでして、その後ろから駆け寄ってきた母に視線を移す。


「母さん。行ってくるよ」

「無理はしないでね」

「父さんが果たせなかったことを、俺は成し遂げるよ」


 タツマキは背中に村一番の剣ーーカシャゴを装備し、いざ王宮へと足を運ばせた。


「カムイ。行ってくるよ」

「お兄ちゃん。頑張ってね」


 タツマキはカムイの笑顔を見て何かを見た。その何かを見ると、タツマキは微笑んで振り返った。


「行ってきます」


 一家の大黒柱は王宮へと足を進めた。

 だが彼はまだ知るよしもなかった。王宮では何が行われているのか、そしてなぜ勇者が世界各地から集められているのかを。

 王宮についたタツマキが最初に目にしたのは、入り口に飾られた龍の形の銅像でも、国の旗でもない。傷だらけで走っている人々の姿であった。


「何だ?」


 タツマキは逃げ惑う人々の来る方向を見ると、そこには一匹のモンスターが暴れているのが見えた。


「あの豚のような顔、それに巨体から察するに、そうか、豚巨人タイタンピッグか」


 タツマキは背中の剣を抜くと、風を纏って空を駆け抜けた。


「標的、視認」


 タツマキはモンスターの真下で止まると、剣を振り上げてそこに竜巻でもできたかのように風が纏われる。


「『暴風撃サイクロン』」


 タツマキの振り下ろした剣に纏わりつく風はモンスターを細切れにし、そしてモンスターは倒された。

 タツマキは風を纏いながらゆっくりと地に足をつけると、逃げ惑う人々が一斉にタツマキに駆け寄った。


「あんたカッコ良かったよ」

「助かったよ」

「どうなることかと思ったけど、あんたがいてくれて俺たちは生きているよ」

「「「「「ありがとう。勇者様」」」」」


 タツマキは微笑み、彼らへ向かってこう言った。


「もう安心してください。俺がいるかぎり、モンスターからの被害など皆無ですから」


 その光景を、王宮の屋根で一人の男が眺めていた。


「あれが新入りのタツマキっていう奴か。あの目は勇者であることに誇りを思っているみたいだが、世界はそうあまくない。いずれ知るだろう。王宮の闇を」


 ーー勇者暦三十年八月十九日午後六時。王宮内にて


 勇者タツマキは広間へ案内されるや、玉座に座った国王へと膝をついて頭を下げた。

 国王はタツマキの体格や風貌を見て、ひらめいたようにこう言い放つ。


「勇者タツマキ。お前ならムーンアイを取り返せるはずじゃ。今すぐ俺が指定する森へ行け」

「で、ですが、速すぎではありませんかが」


 タツマキはどうようをみせる。だが、国王は彼の言い分などは聞きはしない。


「今すぐいかなければ首が飛ぶぞ。どうする?行くか、それともここで死ぬか」

「……行きます」


 タツマキは渋々そう答え、指定された森へと向かった。

 既に夜になっており、辺りは暗い。モンスターが近づいていようとも気付かないであろう。そんな中をタツマキは怯えながら進み、一度もモンスターに出くわさないまま塔の前へとついた。


「ここが、王女ムーンアイ様が囚われている場所か」


 タツマキは扉を開けて中へ入ろうとする。だがその瞬間に、黒く、そして骸骨の面を被った何者かがタツマキを殺そうと進む。だがそれをタツマキは避け、体に風を纏わせる。


「何者だ?」

「私は魔王だ。今日も勇者がやってきたか」

「今日も?」

「ああ。私は何人も勇者を殺してきた。お前で二十一人目だ」


 タツマキは憤怒に溺れた。


「どうして、人の命を奪っておいて、そんな平気な顔をしてられる」

「魔王だから」

「お前は殺す」


 タツマキは風を纏って魔王へと剣を振り下ろす。だが魔王はそれを回避し、タツマキの腹へと手のひらをかざす。その瞬間にタツマキは血反吐を吐き、背後にあった木にもたれ掛かる。


「強いな……」

「ああ、そうだな。『闇焔やみほむら』」


 魔王は指ほどの大きさの紅紫色の火炎を飛ばす。タツマキは足元を風で吹き飛ばし、上へと飛んだ。そして剣を構え、魔王へ斬りかかる。


「久しぶりに楽しめそうじゃねーか」


 魔王は仮面の下で微笑んだ。

 タツマキは急降下し、魔王の左腕を吹き飛ばした。魔王は右腕でタツマキを掴もうとするも、素早い速さについていけない。


「これが勇者?にしては強いな」

「何を言っている?勇者だから、俺は負けない」


 タツマキは木々を足場に森の中を風の如く駆け抜けて、一瞬にして魔王の背後をとった。そしてタツマキは剣に竜巻のような風を纏わせ、魔王へ向けてその一撃を放った。


「『暴風撃サイクロン』」


 だがーー


「火炎となって反射せよ。『獄炎返ごくえんかえし』」


 魔王に当たった風は火炎となってタツマキへと進み、そしてタツマキは火炎にのまれて消えていった。

 魔王はいつものように勇者が死んだ場所へと木を生やし、また勇者は死んでいった。



 ーーカシャゴ村にて


「ママ。お兄ちゃんはいつ帰ってくるの?」

「きっともうすぐ帰ってくるわよ。いつタツマキが帰ってきてもいいように、料理つくって待ってましょうね」

「うん。ずっとお兄ちゃんのこと待っとく」









「きっと帰ってくるよね。お兄ちゃん」

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