二日目『希望を抱いたはずなのに』

 また明日がやってきた。

 明日は今日に成り代わり、今日は昨日に成り代わった。だが朝日は昇ることはなく、いつまでも真夜中の月が空を支配していた。

 勇者が来てしまうのではないか。そんな恐怖に、私は自分でも解らないような感情を味わっていた。この気持ちを何と言ったか、どうにも忘れてしまった。いや、きっと名前などないのだろう。いっそ、私は自分の名前なんて捨ててしまえばいいのに。



 ーー勇者歴三十年。

 勇者が世界を魔王から解放してからはや三十年が経った。人々は魔王などという存在は忘れ、日常を穏やかな気分で包み込んでいた。世界を護るべき国の長たちも、穏やかに暮らしていた。

 だが、国の長はひた隠しにしている。女王ムーンアイが、何者かに拐われたということを。


「国王様。今日は東国より、三名ほど勇者の素質のある者が入国しました」

「すぐに鍛え上げろ。我が娘を取り戻すために」


 国王は玉座に座り、広間を静観していた。

 自分には何もできない。そう思いつつ、娘の安寧を願い続けていた。


「国王様。我は今日ムーンアイ女王を奪還する勇者であります。ファントマーです」


 狼の面を被ったユニークな少年は、武器も持たず、ムーンアイ女王の奪還へと向かおうとしていた。さすがに国王は驚き、勇者を止める。


「待て」

「何でしょうか?」

「防具もせず武器も持たない。それで我が娘を救えるのか?」


 国王の質問に、彼は躊躇なく答えた。


「お任せください」


 勇者は再び国王へと背を向け、玉座の前を後にした。

 だがしかし、彼はまだ知らない。既に勇者が何人も殺されていると。しかもその相手が、魔王であるのだと。


 ファントマーは鼻唄でも唄いつつ、ムーンアイのいる巨大な塔がある森の中へと浮き足を進めていた。スキップでリズムを刻みつつ、無防備な格好で魔王へと挑む。


 ああ。また来てしまったよ。

 どうして君たちは私を救いに来る?


「ムーンアイ。これで死者は二十人目。おめでとう」


 何がおめでとうだ。

 相変わらず魔王は私を精神的に追い詰めたいらしい。怒りを晴らそうと魔王へ罵詈雑言を浴びせようと口を開くと、魔王は私の口を檻の外から掴み、声が出ないほどに強く握る。


「黙れ。次喋ったら、腕を斬る」


 そう言うと、魔王は自らの腕を刀と化して見せた。

 そんなことをされても、私は何かを思うはずがないじゃないか。だって私はお前の強さなど百も承知で知っている。今さら、それに怯えるはずがない。


「じゃあ行ってくるよ。ムーンアイ」


 魔王は消えた。

 次に現れた場所は当然、新しく来た勇者の真正面であった。


「予知通り。『暗黒拳ダークネスパンチ』」


 魔王が現れた瞬間、勇者は拳を振るって魔王の腹部を殴る。魔王もさすがに驚いたのか、体勢を崩して隙を与えた。勇者は魔王に体勢を立て直す暇を与えず、二撃三撃と拳を振るう。


 ーーきっと彼なら魔王を倒してくれる。

 昔の私ならばそう思っていただろう。だが何度も絶望を見てきた私は知っている。この先に、勇者が勝つという結末などあり得ないことを。今後一切魔王が敗北することはないのだと。


 そう思っていた矢先、勇者の動きは止まる。

 魔王は勇者の腕を掴み、そのままちぎれるくらい強く握りしめた。勇者は叫びながら苦しむも、当然魔王は手を離すことはない。


 ーーああ。また勇者は死んでいく。


「『闇焔やみほむら』」


 勇者は掴まれている腕から出現した漆黒の火炎にのまれ、そして全身を覆われた。火炎が消えると、既に勇者の姿はそこにはなかった。

 魔王は微笑み、いつものように死んだ勇者の場所へ木を生やした。


 円形に配置された木々の中で、二十本の木だけがその法則には従わずに生えていた。

 その木を眺めながら、魔王はボソッと呟いた。


「ムーンアイ。相変わらず君は、救われないな」

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