それでも勇者は助けに来ない。
総督琉
絶望の勇者
一日目『英雄は来ない』
「駄目だ。相手の防御力が高すぎる!」
青い閃光が空を切り、一人の男の心臓を貫いた。
ーー勇者ツルギは死にましたーー
「私は、負けない……」
彼女が立っている大地は焦土と化し、絶望の中で消え失せる。
ーー勇者マーガレットは死にましたーー
「ここが噂の場所か?にしてはつまらなそうだ」
森の中を悠々と歩く彼の頭部を格好の的として、火炎の矢が音速で放たれた。
ーー勇者オリハルコンは死にましたーー
「やめてくれ。やめろぉぉぉおおお」
叫び、能力を解放した一人の男。だが彼が既に召喚していた多くの魔物は、蛇のように動き宙を漂う黒い霧に飲まれ、次々に死んでいく。全てが消えた後、男へと黒い霧は進む。
ーー勇者レオは死にましたーー
「どうして……私の刃が通らない!?」
伝説の剣を引き抜いた彼女はその剣を用いて異形の者へと剣を振るう。だが伝説の剣ですら彼の体には傷を与えられず、宙で体勢を崩した彼女へと、紅蓮の業火が放たれる。
ーー勇者ガイラは死にましたーー
紅の炎は男を燃やす。
ーー勇者ディオは死にましたーー
一匹の狼が彼女のしがみつくと、狼は自爆した。
ーー勇者セリカは死にましたーー
千本の槍が空から降り、男は串刺しになった。
ーー勇者フォックスは死にましたーー
緑色のヘドロが男に絡み付く。
ーー勇者アレイスターは死にましたーー
銀色の刀が、男の心臓を貫いた。
ーー勇者トールマンは死にましたーー
ーー勇者はたくさん死にましたーー
「ごめんね。勇者たち……」
寂しく呟く彼女の声が、やけに透き通るように森の中でそびえ立つ魔王樹の中で優しく響く。
それでも勇者は助けに来ない。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
空白の日常だった。
私はいつも、何でもないつまらない人生を送っていた。
ありとあらゆる魔法が万能であり、ありとあらゆる才能に恵まれ、富も権力も地位も名誉も、何もかもを私は持っていた。
そんな誰もが望めど望めない世界を日常として生きていたある日、私は魔王に拐われた。その時は何が起きたのか解らなかったが、気づけば私は檻の中にいた。初めて味わう鉄の味に、私は慣れることはなかった。
檻の中から見える夜空の月は、孤独だからこそ味わえる美しさがあり、それと対応するほどの儚さもあった。
「ムーンアイ。また勇者が助けに来た。今から殺しに行ってくる」
全身が真っ黒な人型で骨の面をつけた魔王は、檻の中でうずくまっている私にそう言うとその足を勇者のもとへと進めた。
森の中に建っているこの巨大な塔には、毎日のように勇者が派遣される。囚われた私を取り戻すためだけに、勇者は魔王に殺されに来る。
「もうやめて」そう何度願っても、勇者たちがその足を止めることはなかった。私は檻の中から塔の前で剣を構えている勇者を見ていた。
今日は自信満々で大剣を握っている強面も勇者だ。右目を眼帯で覆い、静かに塔を眺めている。やはり魔王の恐ろしさを知らないのか、その男は油断している。
「ムーンアイ。またお前のせいで、人が一人死ぬぞ」
ああ。また殺されてしまう。
私は恵まれ過ぎた。だが私はその毎日に退屈をした。だからこそ、その報いを受けなければならない。
「解っているさ……。どうせお前は生かすことをしない。だから結末は知っている」
魔王は一瞬にして強面の勇者の前に立っていた。
勇者は驚いて後ろへ足を進めるも、すぐに大剣を持つ拳に力を入れ、大きく振り上げた。
「『
だが当然刃は通らない。
魔王は男の心臓部へ手を当てると、その瞬間に男の体は粉々に、そして跡形も残さずに全て血となって錯乱した。その光景は見るに耐えかねる光景であった。だが、もう見慣れてしまったその景色に、拒否反応など起こさなくなっていた。
「ああ。また死んだね」
魔王は私の耳元で囁いた。その声は心臓を震わせるほどに恐ろしく、そしてとても寂しいものであった。
どうして私を助けようとするの?私は救われるべきじゃないのに。
「ねえ。今どういう気持ちだ?自分のせいで何人も死んで、どういう気持ちだい?」
魔王は楽しそうに私に問いかけてくる。
私は何も言わず、いや、何も言えなかった。言葉を紡ぐことさえ躊躇い、私はただ静かに座り込むことしかできなかった。
「明日もきっと誰か来る。楽しみだね。ムーンアイ」
どこへ行ったら、私は救われるだろうか?
一人、寂しげに夜空を見つめ、翼が生えないかとそう思ってしまう。
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