第6話 知らない人

 知らない人



 こわい。


 死ぬほどこわい。


 知らない人ってこわい。

 知ってる人もこわい人沢山いるけど、その比じゃない。種類が違う。

 だって知らない人だから。その知らない人が、もしかしたら狂人かもしれないから。


 なので、電車とかほんとこわい。

 周りに知らない人しかいないから。


 満員電車に乗ることなんて、自殺行為。

 知らない人と身体を密着させてる訳だから、その知らない人がナイフなんて忍ばせてたら一瞬で刺されるし、向こうからしたら簡単なことな訳で。

 ナイフじゃなくても、ライターで服に火を付けることなんかも簡単。そうなると私は一瞬で火ダルマになってしまう。


 痴漢なんて私はこわくない。痴漢に殺意はない。私は狂人がこわい。死にたくない。


 一見優しそうに見える子どもを連れたママだって、女子高生だって、みんなこわい。

 だって知らない人だから。その人がどんな思想持ってて、鞄の中に何を入れてるかなんて、全然知らないから。


 そもそも、電車の運転手だって知らない人だ。

 知らない人に、私たち人間は簡単に生命を預けている。


 電車だけじゃなく、街中歩いてても、目の前から知らない人が歩いて来るだけでこわい。

 その時息子を連れていたりなんかしたら、私が命を懸けてその知らない人から息子を守らねば、と覚悟を決める。


 丸腰では戦えないし、かと言って、スタンガンなんかも持っていない。さすまたを持ち歩くのもおかしいし、金属バットを持ち歩いておかしくないのは野球少年くらいだ。


 だから私はいつも、ポケットの中で自宅の鍵を握る。

 手のひらで鍵を握り、強く握り締める。

 人差し指と中指の隙間から鍵の先端を飛び出させれば、即席ナックルの完成だ。

 鍵が複数あれば、より強力なナックルが完成するので、使わなくなった鍵などを持ち歩くのもお勧めだ。


 これで、いつでも知らない人から息子を守れるようにと、私は警戒を怠らない。


 突然知らない人が襲い掛かってきたら、躊躇なく即席ナックルで、相手の眉間か顎を殴るのだ。





 一度も使った事はないのだが。



 油断は禁物だ。


 このナックルを使うのは、明日かもしれないし今日かもしれない訳だから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る