【三題噺】「別れの挨拶」、「bot」、「自主企画」
『
簡単に言えばこちらが設定がプロンプトを元に、一つ又は複数の行動を一つ纏めてにして代わりに実行してくれるプログラムである。
そのbotはSNSの違反行為を検知してくれたり、サーバー内のユーザーに特定のステータスを与えて進捗を管理してくれるものや、特定のワードを一定の条件で発信してくるもの等々。凡ゆる場面に便利だったり、ネタとして扱われるなど使い方は千差万別となっている。
そんなこんなである日、インターネットで一つのbotが話題になっていた。
それは"別れの挨拶"をするだけのbot。別れの挨拶といえば、真っ先に"さようなら"という言葉が思いつくが、このbotは凡ゆる場面において別れの時に一定の条件の元で様々な別れの挨拶をするbotだった。
一見あまりにも普通で話題になるほどでも無いものだろうと思われるが、とあるサイトで無料配布されたこのbotは自分で別れの挨拶の設定と条件をカスタマイズできるものだった。ここまでなら割とあるかと思うが、これは一体どんな仕組みなのか。
どんな端末にもインストールできるという物だった。
ただカスタマイズだけはPCでやる必要があるが、端末に何らかの受信機能さえあれば、botが自ら端末の互換性を作り出し、どんな端末にもインストール出来てしまうという、一種のウイルスソフトである。という事実がSNS上で大きく話題となった。
ただ機能はすごいが、別れの挨拶をするだけとはなんの役に立つのだろうか? と思うのが正常だろう。
だが、多くのユーザーは単なる面白さでインストールしたりだが、一部には忙しくて出られない葬儀や、別れの言葉が思いつかない人には意外と役に立ったという話を聞いて、なるほどなと理解した。
そうする俺は、その話題を見て前者としてbotをとりあえず自分のPCにインストールした。ただこのbotはあくまでも別れの挨拶に特化しているため、内訳は自由にキーワードを組み立てられる訳ではなく、『別れ』に関連した定型文を、接続詞とで完成させるという代物で、そこまでの自由度は無かった。
ただそれだけ。そんなものだからこそ、ネットの話題は一週間もすることなく途絶えた。
しかし、例のbotが無料配布されてから、またもう一つの。とある自主企画制作サイトで恐らくbot製作者の同一人物が作ったであろう一つの企画が見つかった。
そこには、
『貴方が作ったお別れbotを教えてください』
この企画が見つかったのは、botが無料配布されてから一ヶ月が経過する丁度の時期で、これをみた多くのユーザーは、「そういやそんなbotあったな」とSNSで話題が再燃した。
ただ再燃というより、そのbotをインストールした人が集まっただけで、何百万という数では無かった。
お別れbotと言えば、別れの挨拶botのことだろう。
俺はインストールしただけで、そこまで容量は食わないので、消さずに放置していたこと思い出し、PCのダウンロードフォルダからそのアプリソフトを見つける。
「お別れbotねぇ……。なんも考えてねぇな……」
アプリを起動しようとマウスカーソルをbot名に合わせ、クリックしようとする俺の手は直前で止まる。
『貴方の考えたお別れbotを教えてください』
この企画にはどんな意図があるのか分からないが、俺はその企画に参加しようとアプリを起動する直前にbotにどんなワードを作ろうか頭を回す。
とりあえず適当でいいかと。俺は家内で暮らす一人の人物を思い浮かべる。
既に九十歳を超えるお爺ちゃんだ。まだどこも病気にはなっておらず、多少腰は曲がっているが、至って健康体のお爺ちゃん。
しかし歳が歳なだけに、あと何年生きてくれるのか分からない。だから、いつか唐突に死んでしまった時のために、混乱してしまわないように。別れの挨拶を考えた。
ただあまり感情を込めた挨拶だと、後々に引きずってしまうので、短く簡潔に。
ただなぜbotに任せるのか?
別に俺は常にお爺ちゃんに付きっきりで暮らしている訳じゃないし、しっかり働いてもいる。
だからだ。だからいつ死んでしまっても混乱することがないないように、別れの挨拶をbotに任せる。
最初は適当でいいかと思ったが、九十歳にもなるお爺ちゃんのことを考えると真剣になってしまった。
さてと、俺はPCで通称お別れbotを起動し、時間は未定(手動起動)で、別れの挨拶を設定する。
そしてそれをボイスレコーダーにインストールし、後日葬儀屋に渡した。
葬儀屋には一瞬困ったような反応をされたが、俺の貯金にはその葬儀屋でお爺ちゃんの葬儀を開けるほどは余っている。
だからいつになるか分からないけど、言い方は悪いが、葬儀屋を前もって予約した。
そうやってお別れbotを作り終えると、俺はその自主企画に、一つのコピーしたbotのデータを投稿した。
俺が投稿する頃には既に百件以上のbotが投稿され、その数に俺の投稿した分の一個分が加算されるのを見る。
投稿し終えた自主企画は唐突に今日の日付が変わる深夜に閉じられた。
特に主催者のコメントは無く、結局主催者が何をやりたかったのかは分からず終いだった。
そうして翌日の朝。
俺は自室の床に敷かれた布団から目を覚ますと、いつも通りの流れで歯を磨き、朝食の準備をする。
準備が終わったら、次にお爺ちゃんを起こしに行く。
「爺ちゃん、朝だよ。飯作ったから、一緒に食べよう」
お爺ちゃんの寝顔はとても安らかで、優しく声をかけた所で起きた試しが無く、たまに死んでるのか錯覚してしまうことがある。
だから俺は声を大きくしてお爺ちゃんに声を掛ける。
「爺ちゃん! いつまでも寝てたら健康に悪いから、起きて! ったく……」
それでも起きないお爺ちゃんに俺は、頭の後ろと、自分から奥にある肩に手を回して身体を起こそうとする。
こうすればなにかと嫌な顔をしながら、「自分で起きれる」と俺の手を振りほどくことがある。
だが俺はその時に違和感を覚えた。
お爺ちゃんの頭の後に回した手に伝わる。お爺ちゃんの体温が異様に冷たいことに。
昨日の夜は寒かっただろうか?
俺はまさかと思いお爺ちゃんの脈を測る。
これも良くあること。いつもなら脈打つ血管の動きが良く分かり、俺は安堵する。筈だった。
いくら脈を測っても、一音たりともお爺ちゃんの脈に動きはなかった。
「マジかよ……」
その一言だけを静かに漏らし、俺の心臓の鼓動は急に早くなり始める。
まさか昨日の今日で亡くなるなんて聞いていないし、想像もしていなかった。いつかこうなるだろうと予想はしていたが、まさか当たり前の日常の始まりである。朝に起きるなんて分かる訳がない。
俺はすぐさま。何故か昨日作っていたbotを起動する。
だが、そのアプリから流れる無機質な男声とも女声とも言えない機械の音声は、あまりにも短く簡潔で、もっと掛けるべき声は無かったのかと。
死ぬ前に伝えるべき、話しておきたいことは無かったのかと。
どうしようもない後悔と、信じられない目の前の現実に、俺は安らかに眠るお爺ちゃんに対して、何も言葉が思いつかなった。
botから流れるその音声以外には。
『さようなら』
単発ストーリー Leiren Storathijs @LeirenStorathijs
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