48番目の被検体

 気づけば私は、床も壁も天井も、全て真っ白なタイルの部屋にいた。

 意識はどこか朦朧としていて、はっきりしない。

 ここは何処だろうか? 私は何故ここにいるのだろうか? そして私は誰だ?

 と、こんな状況では困惑するのが普通の人間だろう。

 だが私は、特に何も頭の中に、一切の疑問も抱かなかった。


『被検体48号の実験を開始します』


 するとどこからともなく、無機質で機械的な女声のアナウンスが聞こえた。

 被検体48号。これが私の名前だろうか?


 その直後、私の足下。真っ白な床が小さな長方形を型取り、床の一部が下へ沈み込むと、すぐに床はせりあがり、5つの物を私の目の前に置いた。


『被検体48号。部屋から脱出してください』


 私は何の疑いもせず、床に置かれた物の1つを持ち上げた。

 手に掛かるのは薄い鉄の板の重さで、見ればそれは、両刃鋸だとすぐに分かった。

 しかし、鋸は何か物を切る為の道具であり、現在この部屋には、"切れる"物は無い。

 だから、これでは部屋を脱出出来ない。


 私は、鋸を近くの床に置いて、2つ目の物を拾い上げた。

 ずっしりとした重さが手の中に伝わるそれは、物を破壊することに適した金槌であった。

 これなら目の前にある白い壁を壊せるのでは無いだろうか?


 私は真っ白な壁の前まで歩くと、金槌を勢いよく振りかぶり、思いっきりその壁に振り下ろした。

 ゴンッという鈍い金属とも思えない重い音が部屋中に響く。

 割と本気で振り下ろしたせいか、私の腕は壁から帰ってきた反動に痺れていた。

 壁は破壊出来なかった。


 次に私は3つめ物を拾う。

 それは、私の手の平に収まる程の小ささで、黄金色をした鍵のような形をしていた。

 私はそれを一旦鍵であると見るが、新しいを見回しても白い壁があるだけで、鍵穴らしき穴はどこにも見当たらなかった。

 私は壁に近づき、本当に穴が無いか部屋の隅々まで探す。天井と床も隅々に。


 結果、どこにも見当たらなかった。壁や床を何度も触れたり、軽く叩いたりしたが、壁が凹んだり、その先に空洞があるような音はどこにもなかった。

 よってこの鍵はこの部屋では使えないと判断した。


 次に私は4つ目の物を拾う。

 それは私の手にピッタリと合う形で、輪っかに人差し指を通して小さなレバーを引ける構造となっていた。

 それは拳銃であった。


 金槌で壊せないのなら、拳銃なら破壊出来るだろう。

 私は引き金に指を引っ掛け、いつの間にか銃口を自分の頭へと向けていた。

 はて、私は今何をしているのだろう。確かにここで死ねば、ある意味脱出することが出来るが、私は被検体48号。所謂実験途中なのだ。

 何の実験なのかは分からないが、被検体が死ぬことは、実験の結果にそぐわないのでは無いだろうか?


 私は何故か落ち着いていた。銃口を自分に向けても、心臓の鼓動はゆっくりと安定しており、自分が死ぬことを全く恐れていないようだった。

 だが私の精神状態は至って普通である。落ち着いて冷静で……。


 私は静かに拳銃を自分の頭から離し、床へと置いた。


 私は次に5つ目の物を拾った。

 それは私の手にしっかりと収まる程の大きさで、ゴツゴツしており、先端には金属で作られたピンがあった。

 そう、これは手榴弾だ。


 物を破壊するには、この中で最も最適だろう。

 しかし、それはこの部屋では自殺行為に当たる。目測だが、この部屋は縦横奥行き5メートル程しかなく、手榴弾のピンを抜いて、部屋の端に置き、反対の端に私が移動したところで、爆発に巻き込まれない訳が無い。


 私は静かに手榴弾をピンを抜かずに床に置いた。

 結果部屋は脱出出来なかった。5つの物をいくら駆使しても、この部屋からは出られない。だから私は、最終手段を使う事にした。

 それは拳である。


 金槌でも、拳銃でも、手榴弾でも破壊できない壁を拳一つで破壊出来るだろうか?

 絶対に無理だ。だが、試す価値はある。


 私は壁の前に立つと、拳をしっかりと構え、勢いよく壁を殴った。

 するとあろうことか。壁に放射状のヒビが入った。

 私は壁をもう一度殴った。

 そうすれば、壁はボロボロと崩れ、いとも簡単に外の景色を見せた。


 大きく穴が空いた壁からは、強く眩しい見知らぬ光が差し込む。

 この光はなんだろうか? 私が見たことの無い光であった。

 暖かく、いっそのこといつまでも浴びていたいような柔らかい光。

 その光に目を細めていると、次に優しい風が私の身体を通り抜けた。


 これで私は脱出できたのだろうか?


 そうか……これで私の夢は覚めるのだな。やっと……。


 そうして私は壁の外に出ようと、壁を跨いで部屋の外へ出ると、その瞬間。

 砂嵐のような、激しいノイズ共に、まるで脳が焼き切れるような、異常な激痛が私の頭に響く。


 知らない景色、知らない人間、知らない音、知らない感覚。

 唐突に私の知らない情報が、大量に脳に雪崩込み、あまりの未知数の感覚に、私は思わず叫ぶ。


「ぐ……あ"っ……あぁぁあ! あ"あ"あ"あああぁぁぁぁッ!!」


 私はあまりの激痛で気を失った。















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 気づけば私は、床も壁も天井も、全て真っ白なタイルの部屋にいた。

 意識はどこか朦朧としていて、はっきりしない。

 ここは何処だろうか? 私は何故ここにいるのだろうか? そして私は誰だ?

 と、こんな状況では困惑するのが普通の人間だろう。

 だが私は、特に何も頭の中に、一切の疑問も抱かなかった。


『被検体49号の実験を開始します』


 するとどこからともなく、無機質で機械的な女声のアナウンスが聞こえた。

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