迷子の少年

 それは数日前のこと。

 お菓子の家に、一人の少年が迷い込みました。


 少年は、逃げてきたのです。


「おやおや、こんな寒い日に一人できたのかい?」


 家主の老婆は、驚いてしわくちゃな目元を丸くしましたが、やがてくしゃりと笑って少年を出迎えました。


「ほら、お入り。寒かっただろう?」


「入って……いいの?」


「もちろんだとも。そうだ、年の近いお友だちを呼んでこよう。ちょっと誰かいないかい。」


 お菓子の家は見た目よりとっても広いのです。老婆の声に、二階から少女が二人降りてきました。


 一人は少年と同じくらいの年頃、もう一人はお姉さんでしょうか。そのくらい年は離れているようです。


「グレーテル。お客様だよ。ココアをいれておくれ」


「はーいお婆ちゃん。」


 グレーテルと言われた少女はそういうと、キャンディでできたキッチンでお湯を沸かし始めました。その様子を見て、今度は少年が目を丸くしました。


「わぁ、本当になんでもお菓子でできてるんだね!」


「すごいでしょー! ねぇねぇ、一緒に遊ぼうよ!」


 女の子は男の子の手を引いて二階へと向かいました。途中のその背中にココアはあとで持っていくね、とグレーテルが声をかけました。


「全く……年の近い子が来て嬉しいんだね。」


「そりゃそうでしょ。あの子が一番年下なんだから」


 楽しそうな声を頭上でききながら、二人は微笑み会いました。子供たちが笑顔になると、二人も嬉しいのです。


「ココアにマシュマロでも浮かべておあげ。子供は喜ぶだろうから。」


「はいはーい。じゃ、持っていくね。何して遊んでるんだろう?」


 グレーテルはマシュマロの乗った暖かくて甘いココアを二つもって二階の部屋へ行くと、そこでは二人が大はしゃぎをしていました。


 大きなわたあめのクッションに、ピョンピョン跳ねるケーキスポンジのトランポリン。丸いソフトキャンディのボールでサッカーもできます。


 少年は始めてみるお菓子のおもちゃに大興奮。女の子が一緒に説明をしながら遊んでいました。


「二人とも、ココアよー」


「わぁ! すごい美味しそう! ……でも、もらっていいの?」


 少年は気まずそうにグレーテルを見上げました。グレーテルはそんな少年を励ますように元気よく笑いました。


「いいのよ! ここのお菓子はみーんな、食べていいの。お腹をすかせているのでしょう?」


 少年の痩せこけた腕を見てグレーテルは悲しそうに笑いました。しかし少年にはそれは見えません。食べていい、と聞けばぱくぱくとわたあめクッションを食べ始めました。


「甘い! 美味しいよ!」


「あのね、あのキャンディーは好きな形に変えられるの! 一緒に何かつくろうよー!」


「うん!」


 女の子はすっかり少年と仲良くなって、二人で夕方まで遊びました。


 けれど、楽しい時間は終わりを迎えるものです。


「僕……帰らないと……」


 空がオレンジ色になった頃、少年はうつむいて老婆にそういいました。


「そうかい、またおいで。」


「うん! またくる……あのね、大人たちは魔女は悪いやつだっていってるけど、僕ら子供は知ってるよ! 魔女は僕らに夢を見せてくれるって!」


 少年は勇気を振り絞り、家を飛び出しました。


「僕、今日が一番楽しかった! ありがとう!!」


 夕日を背景に、少年は力一杯手を振ると走っていきました。


 その様子を心配そうに見つめていたのは、老婆だけではありません。あの女の子は、今にも泣きそうな顔をしていました。


「お婆ちゃん……」


「どうしたんだい」


 落ち着かせるように優しく話す老婆に、少女はついに泣き出しました。


「どうしよう、きっとあの子、もうここにはこれないよ。このままじゃ、殺されちゃう」


 少女の泣き声が、夜の空へと飛び立ちました。

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