第3話

 最近、誰かに見られてる気がしてならない美輪。普段、鈍いと言われる美輪ですら、なんだか気持ち悪い、と感じるくらい。


 ――たぶん、あの人だ。


 美輪は、雨の日の男のことを思いだす。

 でも、何をされるわけでもなし、ただただ、気持ち悪い。


              *   *   *


 男は、明らかに美輪が自分を意識してる、と自覚している。


『あれは、俺の女だ』


 通学の行き帰りに、彼女の姿をただじっと見ているだけ。一緒にいる男たちも、彼が誰を見ているか知ってる。

 電車の中で、ニヤニヤしながら男たちは話す。


「お前、いつ、ものにすんだよ」

「あ?」

「あれさ」

「ああ」

「まぁ、俺には関係ねーけど」

「見届けたいわなぁ、どうなるか」

「……ふん」


 タイミングの問題だ、そう思いながら、男の爬虫類のような目を細めた。


              *   *   *


 再び、雨の朝。

 いつもだったらバスに乗りたい美輪だが、最近は、あの男も乗ってるバスには乗りたくなかった。同じ空気も嫌だし、まして、身体が近くにあるかもしれない、と思うと寒気がする。


 雨の中、傘をさして歩くと、すぐにスカートの端が濡れて、足元が気持ち悪くなる。

 雨音がしとしとと静かな朝。大きな傘は、目の前の視界を遮る。この時間は駅に向かう人ばかりで、反対のほうからの人はいない。

 坂道のカーブを曲がると、黒い靴と、ズボンの濡れた裾が見えた。ぶつかりそうになったので、「あっ、すみません」と、傘をあげずによけた。


「なぁ」


 少し、甲高い、でも粘り気のある声。

 そこにいたのは、あの男だった。

 傘をあげた美輪は、大きく目を見開いた。


 男は、血の気のひいた彼女を、どうやって料理しようか、首をかしげながら、話しかけた。


「俺と、つきあわねぇ?」


 固まった彼女を、舐めるように見る。


 ――蛇に睨まれたカエル


 この言葉のとおり、美輪は身動きができない。

 一歩、男が前に進むと、ようやく金縛りから解き放たれた美輪。


「ご、ごめんなさいっ」


 真っ青な顔のまま、駅にむかって走り出した。


「あーあ」


 男は、大きくため息をつきながら、走り去る美輪の背中を目で追う。


「でも、諦めないよね」


 暗い瞳を細めて、小さく笑った。


              *   *   *


 美輪にとって、初めて、男の人から告白だった。

 本当なら、ドキドキしたり、嬉しいと思うはずなのに、あの男には恐怖しか、感じなかった。


 美輪の周りにいる身近な男といえば、一回り上の兄か、従弟しかい。それでも、一人っ子や姉妹に囲まれている人に比べれば、男性に対して、まだ慣れてるほうだと思ってた。


 美輪は、息をきらせてホームを駆け上がる。


 ――あの人より先に、乗ってしまいたい。


 葉月には悪いけど、と思いながら、一本早い電車に乗り込んだ。


              *   *   *


 自分より先についてるはずと思っていたら、美輪といつも一緒にいる女子高生が、一人でホームにいた。


「フン」


 不機嫌そうに鼻を鳴らした男は、先にきてた男たちに挨拶をしながら、その中へと紛れこんだ。

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