第4話

「宿泊したいんですが、できますか?」

「うん。個室は生憎埋まっていて、ドミトリーでよければいいですよ」

「そうですか、ありがとう。では明日からお願いします」

「解りました。用意しておきます」と軽快な対応で平生に戻る。ここは日本人宿で安価に泊まれ、短期旅行者、長期滞在者など様々な日本人が集まっていて情報交換が可能だ。 

コンビニでミネラルウォーターとサンドウィッチを買って記念塔で食べて、レフォルマ300cscへと向かう。距離にして1・5キロをゆっくりと歩く。ガラス張りの高級ホテルを左に見て、コロンブス記念像を右に曲がる。フォナート民芸品店、クアウテモック記念像を過ぎてインスルヘンデス通りと交差する。さらに直進、高度は2240mで酸素は平地の3分の2。一は着いてからずっと頭痛に悩まされている。 疲労で胃がちくちくと痛む。土地勘がないために地図を見ながら行くしかない。たまには人のよさそうな男性を見定めて、Horaとできるだけ快活に笑顔で話しかける。まずは「no intiendo bien eupanol」とアルファベットをローマ字読みすれば大抵は伝達できるようだ。頷いている。あとは地図を指差してdonde euta、どこですかと相手のスペイン語は理解不能と頷いてほぼジェスチャーを取る。グラシアスと別れて歩き出す。しかし独り旅は心細い。さきのことを思考してすぐに消滅させる。 建物の入り口を確認してああここだとcscへと入った。先日のスーツレディだ。 エクスキューズミーSpeaking englishと日常英語くらいならと義務教育で多少は勉強済みだ・・・アーハァァと返る。ロストチケットアンドガイドブックと再発行されたチケットをレディに見せる。「Where did you lost ticket and guidebook?」と来たすかさずエアプレインと言うとオーケーとどこかに電話をし出した。受話器を切ってノーと言う十分だ。何かを続けて発音しているが、オーケーサンキューとcscを後にする。左へ逸れて10分弱ホテルへと着いた。午後4時半、部屋に籠って煙草を吹かし近況を案じている。眠りにつくと、まいの夢を見た。

「なんでそんなことできるの。酷いじゃない。私が何したっていうの」バッグがひっくり返って中身が床に散らばっている。

「ごめん。別れてほしいだけなんだ」

「いや。。訳をいってよ、直すから」

「・・・・。お前。最近体調悪すぎじゃない、眼の隈すごいし」

「其れは仕事で疲れてるだけで・・・」まいは以前から中々寝れず、睡眠薬を常用していた。それだけならいいが・・・。

「めぐと話したんだけど旅行に行ってから急激に痩せたよな」

「めぐは関係ないでしょ・・・」

「まいが半年旅行にいっててさその間に、めぐから色々相談にのってたんだ。それで・・・」

「嘘でしょ。 。めぐは私の親友だよ」涙が出ている。

「付き合うから」

「やめてよ 別れてお願い・・・」潤んだ眸と肩が強張って小刻みに振動する。ふくよかだった身体が、病的に痩せて唇がチアノーゼ気味だ。

「少し仕事を休んだ方がいいんじゃないか。精気が感じられない。何かあったのか?」

「疲れてるだけで、原因はいまの事でしょ・・・一君がいつもめぐも見てたの知ってたよ。私と違って綺麗でスタイル良くて、大きな一軒家に住んでて、お父さんが居酒屋を何件も経営しててお金持ちで、でもめぐには一君は合わないよ・・・だからお願い・・・」

「もう決めたから・・・ごめん」

その時の胸が困辱されて哀調と脳裏の憎悪が眼底に黒く沈んで離さずに射す眼が一の心臓を今も締めつける。まいは近隣の精神科病棟で介護の仕事をしていた。少しでも社会の役に立ててうれしいと言っていたが内実はかなり我慢していて腕に青あざが複数箇所出来て腫れている。それでも辛抱強く続けていた。のんびり暮らしたいなと笑う顔が浮かぶ。 

午後7時05分・・・。

暗闇の中に影がすっと立つ。明かりも付けずに携帯を扱い、さきの部屋へと向かった。軽く戸を敲くと微笑んで、どうしたのと招き入れる。手には手提げ袋をもっている。

「この前のお礼と、明日このホテル出るから」とエンチラーダスとビール、ワイン等をテーブルに並べる。

「そうなんだ・・・。」と俯く。お酒は余り飲まないというがワインならと口を付ける。 

「なんか残念せっかく会えたのに」 

「ホテル移るだけだから、携帯も繋がるし・・・革命記念塔の近く」

「そうだよね。美味しそう、早く食べよう」一も一緒にワインを飲む。トルティージャに鶏肉を挟みトマトソースをかけ、チーズと玉ねぎを散らして食べる。

「・・・・・」

「そうだ ゲームしよう」

「どんな・・・?」と見詰める。円いテーブルの上に懐から紙とペンを取り出して

「僕が言うことをこの紙に書いて」

「うん」

・・・・・・・。

「君は紫苑・・解らない字はカタカナでいいから」

「うん わかった」

「君は野辺の紫苑そのパールの首飾りのように」

「もうちょっとゆっくり」

「はいはい、ように見応えがあって陽が昇ると・・・薄ムラサキに染まってかわいい花が一輪咲いている。近くの山奥の水湿地には隠れ沼があって底に泥が溜まってぬめぬめして深く澄んで・・・湖面に滑り出づる月が綺麗だ。パレンケに眠るパカルヒスイの仮面はジャングルに融ける深緑、・・・銅峡谷に暮らす先住民タラウマラ族、ミトラの壁面には幾何学なモザイクで飾られたサテポコ遺跡・・・古代都市が放棄され忽然と人が姿を消し謎に包まれる。こんなもんかな・・・。」

「なに 終わり?」

「見せて」と紙をそっと取る。

「やっぱり丸字だねー」

「丸字?」

「文字が好きなの筆跡がね。」

「ふふ それだけなの」

「これを分析するに・・・そのパソコンは仕事用かな?」

「うんそうだよ。なにしてるか知りたい?」

「そうだね・・・。おそらくさきは資産家の娘で、身内の手伝いでここに滞在している半年も」 

うんうん。腕を組みながら、

「それで誰かをいつも待っている たとえば僕とか・・・」

「待ってるだけ?」目尻が下がった。木本は鞘を瞬時にはずして女を注視する。その瞬間「バチン」と音が降って薄暗い室内に二人の影が伸びた。辺りを見回して、なんだ停電かとほっとした間際の左手に冷やりと人肌が触れて、さきの掌が覆い被さり手の端をつつと握っている。右肩からか細い腕の光線が手首まで反射して仄かに言う。「そう、待ってたんだよ」 

電流が一気に指先から太股に走りびくんと肩が張る。互いの眼が暗闇に交わって火焔へと作用しそうだ。手の甲をつるんとした親指の腹で撫で回している。月明かりに照らされて肌理が細やかで透けるように白い、ラベンダーの香り。 

ガタンガタンと鳴る。・・・・。 

照明がちかちかと元に点いた。ガタンまた鳴る。

「誰かいるの?」

「俺だよ。正平」

「ちょっと待って今開けるから」戸から黒のタンクトップ姿の中年男性が入ってくる。おおこいつはと、ガルバリィ広場でさきに話しかけた奴だ。

「出ようか?」

「いいよすぐ終わるから、一は座ってて」

「また会ったな。なに新しい人」こちらを見ている。

「どうでもいいでしょ、はい」とクローゼットから茶封筒を出す。おうと受け取って横の椅子に座ろうと膝を曲げる。

「もういいでしょ帰って」

「はいはいわかったよ。じゃあ楽しんでな」と部屋を後にする。

「友達?」

「まあそんな所かな」

「でも、この前泣いてなかった」

「ああ、あれは別のこと思い出して・・・」

「そう。それならよかった心配して損した。てっきりあの人となにかあったのかなって・・・海外だし」

「ううん」

「そっか。そうそう、これなんだけど」

助かったと一枚の写真を机に置く。

「探してる人?」

「浩太って言うんだ」一瞥して

「知らない人だよ・・・それよりもさっきの話、待ってるって・・・」

「・・・・・。」

停電はもう無さそうだ。

「ここに僕が君に誘引されたんじゃないかな」

「どうして」

「飛行機でガイドブックと、チケットを紛失したって言ったけど実際は盗まれた。ダラスから日本人女性と隣り合わせに座って、なんだか悲壮で鬱屈とした顔、エクアドル人の彼氏に会って結婚したいんだって。真実はわからない。でもこの人が取ったんだ。この目で見たから。」

「それで・・・」

「・・・それで、さきに出会った。偶然このホテルのラウンジで。酷く怯えてたよ。おそらく君に。その後部座席に乗ってた大柄の男二人。多分隣の部屋かな・・・」さっきから腰を浮かしている一。

女は不適に笑う。

「自ら泳がすのね。ふふふ一くんって本当面白い。すごい想像力。きっといい詩人になれるよ。でも浩太さんは知らない。調べたげる?その代り私と契ってくれる。どうできる?ふふふ」と声が逆さに上がって瞠目し細まった。

「今は内戦中でしょ。こんな時に集まる人たちって?昔から麻薬カルテルは存在してて、カルデロン政権が終に掃討作戦を展開し出した。それだけカルテルの力が強まったってこと。司法機関も警察も腐敗して信用できない。だけど・・この状況にチャンスはあるの。情報がお金に変わるし、此処は南米とアメリカの中継地点、色んな物資が裏で売買され巨額のマネーを生んでる。国の重要機関が機能しない。犯罪で捕まれば真偽なく代理処刑だよ。それが法律なの。ふふふふふ」とまた笑う。上衣をさらと脱いで整整とした小振りの乳房が露わになる。残酷で愉快な声が耳に響いている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る