第25話二人の覚悟

「さ、皐月······?」


いつもなら何を言いかけても静寂が返ってくる。でも今日は違った。


「うん。凛くん。ただいま」


俺は空いた口が塞がらず、感情をせき止めていたダムが決壊してしまったかのように涙が溢れ出てきた。


「ちょっ!?凛くん!?」


そう話しかけてくれる彼女の声に反応できる余裕さえない。

不安。寂寥。喜び。

全ての感情が入り交じって全てが溢れ出てくるようだ。

そんな俺を皐月は優しく包み込む。


「ごめんね凛くん。あんなこと言ってしまって」


俺は彼女の胸に顔をうずめながら首を横に振る。

悪いのは皐月じゃない……。俺なんだよ。

でもそれを口に出してしまうのが情けなくて、俺は口を横に結ぶ。


「ごめんなさい。急にいなくなっちゃって」


俺は彼女の胸から離れて彼女の目を少しだけ赤く腫れた目で見据える。


「ううん。ありがとう。戻って……いや帰ってきてくれて」


すると彼女は嬉しそうに目を細める。


「そうですね。もうここは私の家みたいなものですからっ!」


皐月はそう言って、人差し指にかかった鍵を見せつけるようにしてくる。


「そういえばそうだったね」

「はいっ!私は何があってもここに帰ってきますから」


その言葉に俺はどうしようもなく安心して、気になっていたことを彼女に聞いた。


「皐月、どうして突然いなくなっちゃったんだ?」


すると皐月は困ったように視線を彷徨わせる。


「何か言いたくないことでもあるのか?」

「言いたくないわけではないんですけど、言ったらりんくんが怒ると思うから……」


ならわざわざ言わせることはないだろう。だって戻ってきてくれたことが嬉しいんだから。


「嫌なら言わなくてもいいよ」


俺は声音を和らげてそう言うと、皐月は覚悟を決めたような目で俺を見据える。

……?


「凜くん。これを見て」


そう言って彼女は突然自分の服を脱ぎ始めた。

そしてだんだんと露になっていく彼女の白い肌。

俺は思わず目を抑えた。


「凜くん、気にしちゃうのはわかるけど、私は君に私のことを知っていてほしい」


その熱のこもった声を聞いても、俺の覚悟は固まらずあやふやなままだ。

ほんとに見てもいいものだろうか。

でも俺は彼女の言葉に何か意味を感じた。

その真意を調べるべく俺は目をゆっくりと開けた。


「……ッ!」


皐月がDVを受けていることを知っている俺の精神にも応えるものがあった。

彼女の肌はところどころ赤く腫れあがっていて無数の青あざができてしまっている。

しかも腕や足など他人の目にさらされることのない場所ばかりに。


彼女は一体どんな家庭環境で育ってきたのだろう。

とても俺には想像できなかった。

それは多分俺には彼女の苦しみはわかってあげられないという事である。

彼女は同情なんて求めてないかもしれない。

でも、俺は彼女の一番の理解者でありたい。

境遇も違う。生まれた家だって家庭環境だって、何もかもが違う。

これまで経験してきた苦しみの種類やその苦しさだって違う。


人間、お互いの全てを分かりあうなんて無理な話だ。

だから、紆余曲折が生まれて、浮気だったりそういうものが起こるのだ。

お互いを補完しあって、より良い関係を作れた人たちがきっと幸せな人生を送っていくのだろう。

だから俺は皐月とお互いを補完しあえるような一番の理解者同士でありたいと願う。


そうなるためにはきっと俺はこの現実から目を逸らすわけにはいかない。

そして俺は覚悟を決めることにする。

でも、それは俺の覚悟だけじゃ足りない。

皐月の揺るがない覚悟が必要なのだ。

俺はそれを真正面から問う。


「皐月。お前には両親を訴えるという覚悟があるか?」


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