第24話彼女の中に俺はもういない

それからというもの、俺は皐月のことを探すことをしなくなってしまったのだ。

もう俺が皐月の姿を探すことさえ、ダメなことなんじゃないかとさえ思ってしまっている俺の心。

俺は拒絶されたんだ。

そう思う度、俺の心はきゅっと締め付けられるように痛くなる。

ただ俺にはどうしようもない。

強いてできることと言えば、彼女の顔を見ないことだけなのだ。

でも、やっぱり俺の心はまだ彼女に依存してしまっていて、心のどこかでまた戻ってきてくれるんじゃないかなんて考えてしまっている自分もいて。

だけど、実際はそんなこともなくて……。

俺は完全に思考の迷宮に入ってしまっていた。

ぐるぐるで先の見えない永遠に続く迷宮に。

そして俺はどうしようもないほど皐月に惚れ込んでいてしまっていたことでその迷宮から抜ける事も出来ず、ただ無鉄砲に歩いて同じところを何周もしているようなものだったのだ。


そんな日々がただただ無常に過ぎていき、気づくと週末を迎えていた。

自分の部屋にいて寂しさを感じることはここに来てから初めてだ。

だから、困惑が隠せない。

前にだって、皐月が居なくなったことはあったのに、その時以上に心にぽっかりと穴が開いてしまったような喪失感を覚える。

前はこんなことがあっても皐月のせいだとは何があっても認めなかった。

でも、今なら確信できる。これは恋のせいだ。

……皐月のせいだ。


俺は行き場のない感情を何にぶつけるでもなく、ただただ迷わせる。

いつもと同じように起きて、ご飯を食べて、宿題をして、暇になったらゲームをしたり、昼寝をしたりする。

でもそこには必ずと言っていいほど空虚さが付きまとってきて、なにをするにも身が入らず、集中力が切れてしまう。


「はぁ……」


こんなため息の回数が増えて、今にも幸せが逃げていきそうだ。

のどの奥から乾いた笑いがこみあげてくる。

俺の愚かさを嗤う嘲笑にも近い声。

それはまごう事なき俺の声だった。



◇◆◇



学校で皐月さえ見ることがなければ、その日のうちは落ち着いていられる気がする。

そんな日が続いてから、もう一週間が経とうとしていた。

別に一週間くらいその特定の人を見なくても、これと言っておかしいことではない。二学年全体で300人を超える人がいるのだから。


ただ皐月というそこにいるだけで注目を集めてしまうような人でなければ……。

不思議に思った俺は彼女のことを聞いてみた。

聞いてしまったのだ……。

もう俺と皐月は他人で、彼女のことを聞く必要だって微塵もないのに。


「如月さん?最近はずっと休んでるかな」

「そ、そっか。ありがとう」


皐月は休んでるのか……。

皐月のことを助けることさえできなかった俺に彼女を心配する権利なんてない。

大口を叩いておきながら結局このザマだ。とことん自分が嫌になる。

そんな自分に吐き気を覚える。

どうしようもない自分への嫌悪感が体調にまで表れてくるようで俺は学校を早退した。

あぁ……何もしたくないし。何も考えたくない。

なのに……

それなのに……。


「どうしてあいつの泣いてる顔が頭に浮かんじまうんだよ……!」


俺の脳裏にこびりついて離れないそれは彼女が顔をくしゃっと歪めて泣きついて来るような顔。

おこがましいにもほどがある。

まだ俺の脳は俺が彼女のために何かしてあげられるとでも思っているのだろうか。

俺は彼女に拒絶されたんだ。彼女はきっとあの家庭で生きていく覚悟をしてしまったんだ。


確かに俺は彼女を救うことに一向に行動に起こそうとしなかった。

そんな俺を間近で見ていたのも彼女だ。落胆するような気持ちもわかってしまう。

きっと彼女は俺を見限った。それだけのことなのだろう。

俺の心を占領しているのは彼女だけれど、きっと彼女の心の中に俺はもういない。





昼さえ迎えていないから日はまだ高い。

でも、しばらく太陽の光さえ浴びたくない。

俺は病んでしまっていると言っても間違いではないような精神状態になっていた。

億劫な気持ちで鍵穴に鍵をさし半回転させる。少しだけ心の和らぐような開錠音がして、俺はドアの取っ手に手をかけて少し強めに引いた。

でもドアは開かず引かれたのは俺自身だった。

鍵をかけ忘れることなんてなかったのに、俺もどうかしてきてしまったのかもな。

今度こそ本当の開錠音を聞いてドアを開く。

そこにあるのは暗く俺を迎えてくれるような部屋ではない。はずだった。


「おかえりなさい。りんくん」


俺は自分の耳と目を疑った。


まさか皐月が俺の部屋にいるなんて信じられなかったから。


まさか彼女の声が聞こえるなんて信じられなかったから。

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