第23話またね

いつになっても皐月は現れなくて、気が気じゃなかった。

割り切ろうにも絶対に割り切れない。

それほどまでに皐月のいる日常は俺の一部になっていて、彼女が消えたことがこんなに心に響くことだとは思わなかった。

寝ることもできない。そして時間が過ぎていくのも遅い。どうしようもない時間がただ長々と続いて、いつしか自らを戒めることしかできなくなっていた。


俺が事故にさえ遭っていなければ……。


そんなことを思っても仕方ないことはわかっているのに、それでもやっぱり考えてしまう。

俺が愚かだったって。所詮子供の戯言だったんだなって。

彼女と過ごしたあの夏休みはすべて水の泡に帰っていってしまうのかなと思うと身の毛がよだつような感覚に襲われる。

考えることさえ怖い。頭が、体が、心がそう反応してしまっているんだろう。

だから俺は暗闇に意識と身を投じて夜が明けることをただ待つことにした。




朝だ。て言っても時間はまだ五時。学校へ行く時間にも程遠く、本来寝静まっているのが正しい時間帯。物音がなさ過ぎて本当に俺以外の人間がこの世界にいるのか、とさえ思えてくる。

逆に俺がこの世界に必要がなさ過ぎて追放でもされちったかな。

俺の気持ちを表現するならば一番近い言葉は無感情。

もう、悲しさも後悔も尽きてしまった。


まだ残っている感情は……恋しさ。


それだけだった。

目の下には小さな隈ができていて、少なくとも万全な状態とは言えなかった。

でも、そんなこと俺には関係なかった。

それを表わすかのように俺は何もせずただその時を待って、家を出たのだった。





これまでこんなに早く学校に来たことがあっただろうか。

教室の中は驚くほど静かで静寂に支配されているようだった。

俺は自分の席にカバンを置くと、すぐに隣の教室へ向かった。

誰もいるはずがないのに……。

でも、そこには一人のか弱い少女の後ろ姿があったのだ。


「皐月……?」


俺が小さくそう呟くと彼女は肩をびくっと震わせ、ゆっくりと振り向く。


「りんくん……!」


俺の姿をしっかりとその目で捉えると、彼女は一直線に俺の胸に飛び込んできた。


「よかった!本当に良かった……!」

「それはこっちの台詞だよ……」


安心からか俺の涙腺はひどく脆くなり、あっさりと崩壊してしまったのだ。


「りんくん……。ごめんね。本当にごめんね」


皐月はその白く細い指で俺の涙をぬぐってくれる。

俺は涙を止めて、こう言った。


「皐月……。逃げよう」


皐月は目を若干伏せる。

それは俺の言葉の意図を理解しようとしているのか、それともただ俺について来るのを迷っているのか。

俺にはその真意は全く分からなかった。でも、皐月はついてきてくれるだろうというそんな自信が俺の中には確かにあった。


「ごめんね……。それはできません……」


俺は自分の耳を疑った。ついに体の器官までおかしくなってしまったのかと、本気でそう思った。

でも、どこか不安を感じ取っている俺もいて、そのはじめてにも思える否定は俺の中にすっと溶け込んできてしまったのだ。


「うん。わかった。じゃあ、またね」

「はい。また……」


そして俺は教室を後にした。

この「また」はいったいいつになるのだろうか。

明日か?明後日か?それとも一週間後?一か月後かもしれない。

もしかしたらこの「また」はもうやってこないのかもしれない。

自分に打ちひしがれてしまった今なら、あっという間に全てを受け入れてしまっている俺がいる。



でも、どこかに俺の全てを受け入れてさえいない、俺がいるのかもしれない

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