第20話見舞い
電話のコールがとてつもなく長く感じる。
私の心臓は早鐘を打っていて、その緊張は手のひらにまで表れていた。
そしてコールが止むと、私は息をのみながら相手の第一声を待った。
「もしもし」
少し大人びた声が私の耳に届く。
「もしもし、早川凜くんのお母さんですか?」
「はい……。そうですけどあなたは?」
「私は如月皐月と言います。りんくんの……と、友達です」
正直に言うと、彼女と宣言したかったのだが、さすがにそれは後々いろいろな
そもそもただの友達がりんくんの部屋にいて、この電話をかける状況って言うのもかなりおかしいとは思うんだけどね……。
「凜のお友達がどうして私に電話を……?」
「その、りんくんが交通事故に遭ってしまって……」
一瞬受話器の奥で取り乱したような呼吸の乱れを感じるが、さすが大人というべきか、すぐに冷静さを取り戻して、落ち着いた声音で話し始めた。
「えっと……症状は聞いてる?」
「軽い脳震盪だけのようなので命に別状はないみたいです。ただ数日間は入院しないといけないそうなので、手続きが必要とのことで連絡しました」
「わかったわ。場所は?」
「秦中央病院です」
「伝えてくれてありがとう。すぐに向かうわ。それじゃあ失礼するわね」
そこで電話は切られた。
とっても緊張しました……。
私は大きくため息をついて自分を落ち着かせる。
私も早く向かわないといけませんね。
そして私は部屋を飛び出した。
◇◆◇
突然に目を覚ました。
俺の目に映るのは白く無機質な天井。
ここは……病院か。
そのことに気が付くと、頭と腕に痛みが走った。
痛みがした方の腕を見ると、薄く包帯が巻かれていた。
いてぇなぁ……。骨でも折れてしまったか?
でも、死ななくてよかった。あんな状態の皐月を残して死ねるわけがないからな。
すると二回ノックがして、ナースさんが部屋に入ってきた。
「気分は大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫です。あの……これって?」
俺は包帯が巻かれた方の腕をナースさんに見せるようにして持ち上げた。
「擦り傷が多かったのでそこにガーゼをつけてそれを落とさないために巻いたんですよ。折れているとかの心配はないので安心してください。でも、軽く脳震盪を起こしているので安静にはしていてくださいね?」
「あ、はい。分かりました。」
そして彼女は部屋を出ていった。
窓の外を見ると日はかなり傾いてしまっている。
皐月が心配しているだろうから、連絡だけでも入れておこうと思って、事故の影響で少しだけ画面の割れてしまったスマホを開いたところであることに気づく。
あれ!?もしかしなくても俺って皐月の連絡先もってなくね?そのことに気づくと急に慌ただしい足音が近づいてきた。そしてその足音は段々と大きくなってくる。
「りんくん!大丈夫!?」
部屋に突然現れた皐月は肩で息をしていた。
「うん。大丈夫だから安心して?心配かけてごめんね」
皐月はゆっくりと俺に近づいてきて、俺のお腹に顔をうずめてきた。
「ばかっ。ばか。本当に心配したんですから……」
そしてだんだんと俺の服が湿り気を帯びていくのを感じる。
「ごめん。本当にごめん」
「そう思うのなら、私の頭を撫でてください」
皐月はぐずついた声でちゃっかりと要求をしてくる。
でも、今回悪いのは完全に俺なので、おとなしく彼女の頭に手を置いてゆっくりと手を動かした。
十分と少しくらいの無言くらいこうしていただろうか。ずっと一緒に日々を過ごしていた俺たちの間に気まずさはない。こうして二人でいることが何より落ち着くのだ。
「りんくん……撫でればいいとか思ってません?」
「いや……撫でろって言ったの皐月の方だから」
「ふふっ、冗談です。では、私はそろそろ帰らないといけませんね……。今日はりんくんがいない寂しさをかみしめて、りんくんの枕を濡らしながら寝ようと思います」
「あ~うん。まあ今日ならいいか……。完全に俺が悪いし……」
「じゃあ今日はりんくんの匂いに包まれて寝ることにします!それじゃあ早く帰ってきてくださいね!」
そう言い残して皐月は病室をあとにした。皐月は本当に俺の家を自分たちの家と思ってくれてるんだろうな。そう思うと自然と頬が緩んでしまう。
「ずいぶんとかわいい子だったわねぇ~」
「……っ!?母さんか……からかうのはやめてくれよ」
皐月と入れ替わりで入ってきたの俺の母である、早川美里だ。
「意外とピンピンしてるじゃない。これなら入院する必要もなかったかしら?」
「万が一があるだろ……。相変わらず大雑把だな。俺がいなくなってそろそろ料理はできるようになった?」
すると美里はわかりやすく顔をしかめる。まだ料理はできないみたいだ。
「そんなこと言っていると仕送り減らすわよ?あんなかわいい彼女がいるのならお金を使う機会も増えるだろうし、増やしてあげようかなとも思っていたんだけど」
やっぱり俺と皐月は付き合っているように見えるのか……。
まあ客観的に見たらだれでも付き合っているように見えるからなぁ……。
なんなら俺だってそう思う。
「俺と彼女は付き合ってないよ」
俺がそう言うと美里は驚いたように目を見開いた。
「あんなふうに頭を撫でたりもしていたのに!?」
「見てたのかよ……。性格悪いぞ」
「病院でそんなことをしている方が悪いのよ。それで本当に付き合ってないの……?」
美里はこれでもかと疑いの視線を向けてくる。
「うん。付き合ってないけど……」
すると美里は大きくため息をついて興味をなくしたように声のトーンを落とす。
「はぁ……そうなのね。うちの息子は一生独身かしら。それであなたの家にあの子がいたんだけどそれについては?」
……………………
俺は何も言えなかった。親とはいえ、皐月のことは軽々と話していいことだとは思わないから。
「何か問題があるのね?」
俺は頷いて肯定の意を示した。
「ならちゃんとなんとかしなさいね。じゃあ私は家に戻るわね。まだ仕事が残っているの」
「あぁ、うん。わざわざありがとね」
「いいのよ。久々に愛息子の顔も見れたし。あっ!年末には帰ってきなさいね。あの子もつれてね?」
見透かしてでもいるのか?少しだけ自分の母親が怖く感じた。
そして美里はそう言い残して、病室から出ていった。
まるで嵐のようだったなぁ……。
そして嵐が過ぎ去った後にやってくるのは静寂だった。
明日はもう学校だというのに俺は一体何をしているんだろうか。
俺は静寂の中でそんな自問を繰り返していた。
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