第18話美悪魔は軽い女?
二人で買ってきた物を食べていると、花火が空を舞った。
「始まったね」
「はい······とっても綺麗です」
俺たちは食べることも忘れて花火に見入った。
七色に咲く花火は空を舞い黒煙になって消えていく。
夏の風物詩と言われるだけあるなと思った。
心を揺らすような大きな破裂音。
驚き感動する人の歓声。
俺の隣に座る彼女。
そのすべてが美しく見えた。
「りんくん?」
気づくと俺は皐月に視線を奪われていて、彼女を見ていたことがばれてしまった。
「あっ……。ごめんなんでもない」
「ふふっ。いいですよ?見てても?」
「み、見ないから!花火見るから!」
皐月は笑みを浮かべながら、夜空に視線を戻す。
俺も視線を戻したが、なぜかちらちらと花火に照らされる皐月の顔を見てしまう。
心底綺麗だと思うその顔はたやすく俺の心を奪っていってしまうようで、目も離せられないほど魅了されてしまっていた。
「どうかしたの?私の顔に何かついてるかな?」
皐月は髪を耳にかけて恥ずかし気に頬を赤らめながら語りかけてくる。
心を揺らす花火の音色に鈴を転がしたような優しい音色が俺の心に溶け込んでくる。
「ううん……。そのきれいだなって思って」
「花火が?それとも……私がですか?」
「りょ、両方」
「ふふっ。ありがとう。でも、家に帰ったらいくらでも見てもいいですから、今は花火を見ませんか?」
「う、うん……そうだね。そうだよね」
花火を見ていても俺の脳裏には皐月の笑顔がちらついていた。
◇◆◇
「綺麗でしたね花火」
「そうだね。とっても綺麗だった」
「それじゃあ、帰ったら私の顔でも見ます……?」
「見ないからっ!からかわないでくれよぉ……」
「ふふっ。ごめんなさい。でも私はりんくんの顔をじっくり見たいので帰ったらたっぷり見せてくださいね?」
「み、見せないからな!」
すると皐月はいじけたように一瞬顔をしかめる。
でもそれは本当に一瞬の出来事でその次には意地悪な笑みを浮かべていた。
「でもぉ······りんくんは私の顔ずっと見てたじゃないですか?交換条件ですよっ」
「み、見るなら俺が寝てからにしてくれ······」
「もう、仕方ないですね。それで我慢してあげます」
なんとかなったようだ。
俺は皐月と寝る時はだいたい緊張してしまっているから、あまり寝つきがいいとは言えない。
だからいつもは皐月が先に寝てしまうのだ。
つまり、俺は顔を見られずに済むということ。
まあ、最悪寝顔なら見られても問題は無い、と思うし。
そんな軽い気持ちでいた、凛なのだった。
◇◆◇
「なんか帰り道は途方もなく感じるほど長く感じましたね······」
「俺も、なんだかすごい疲れたよ······」
「今日は早く寝ましょうか」
そして玄関の鍵を開けた時にあることを思いついた。
「なあ、皐月。鍵ないって不便じゃない?」
「まだあまりそういうのは感じてませんけど······?」
「まあ、今後のために一応渡しておこうと思うんだ合鍵」
そして俺は家を出る時に渡そうと思っていた鍵を取り出し、皐月の手に持たせた。
「······いいんですか?」
「もちろん。もう家に皐月が居ないとないって違和感を覚えるようになっちゃったし」
俺が自分を安い人間だなと嘲笑するように笑うと、皐月は突然目尻に雫を溜め始め、じきにそれが溢れて来てしまった。
「えっ!?ちょ、泣くほどのこと!?」
「わ、私にとっては、それほどの······こと、なんです」
「ちょ、ここじゃ人目に着きそうだから早く中に入ろう?」
「う、ゔん゛」
部屋に入ると皐月は少し落ち着いた様で深呼吸をしていた。
「見苦しいところを見せました······」
「誰にでも泣くことなんてあるから平気だよ。さすがに鍵で泣くとは思わなかったけど」
「わ、忘れてください。私は鍵を渡された位で泣いてしまう軽い女だと思われたくないので」
鍵を渡されて泣くのって軽い女なのか······?
軽い女ってそういう意味で使う感じじゃなかったと俺は記憶しているんだけど?
「まあ、そんなことは微塵も思ってないから安心して?というかさっさとお風呂に入って寝ようか?」
「そうですね。二人別々では時間もかかりますし一緒に入りましょうか」
「そうだね」
ん、そうだね?あれ?今皐月なんて言ってた?一緒に入るとか言ってなかった?
「いや全然そうだねじゃない。別々に入ろう?」
「遠慮しなくてもいいんですよ?私はいつだってオールオッケーです」
「俺がオッケーじゃないので結構です。それじゃあさっさと入ってきてください」
「もうっ······冷たいですね」
皐月は若干納得していないような表情を浮かべながらも渋々とお風呂に入っていった。
まさか本当に一緒に入る気だったんじゃないよな?さすがにないよね?
もしかしたら皐月は軽い女かもしれない······。
「おやすみなさい、りんくん」
「ああ、うん。おやすみ」
「なんかいいですねこういうの」
「というと?」
「寝る前とかに男女二人で愛を囁いて寝る感じ。新婚さんみたいです」
囁いてないから。しかもおやすみって言っただけだから。
「馬鹿なこと言ってないで寝よう?」
「はい。でも、私はりんくんの寝顔を鑑賞しないといけないのでりんくんが寝ないと寝れません」
忘れてなかったか······。
なんだかんだ言って時間は経っているし忘れているかもという
俺が目を開きっぱなしでいても皐月はじっと俺の顔を見つめるばかりで恥ずかしくなってしまったので先に目を閉じる。
時々ちらっと薄く目を開くと頬杖を着いている皐月が恍惚という表情を浮かべていた。
俺の顔なんてみてて楽しいものかね······。
顔を見られていることなんてくだらなく思えてきて俺は深い眠りに着いたのだった。
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