第15話美悪魔は選ばせたい
目を開かずとも自然と光が俺の目に差してきていていた。
もう朝か……。大きくあくびをして体を起こそうとしたのだが、なぜか体が持ち上げられない。
お腹のあたりに変な重りがのしかかっているような……?
重い瞼を持ち上げるとそこにあるのは天使の顔――ではなく天使の顔に見えなくもないほど綺麗な如月さんの寝顔があった。
だだ彼女が目の前にいるだけで、俺の身体が起き上がらなくなるなんてことがあるだろうか。
それとも、狼のターゲットになってしまった子猫のように俺が動けなくなってしまっているだけなのだろうか。
俺が視線を下ろすと答えがそこにあった。
昨夜は後ろから抱き着かれるのでさえ心臓バクバクだった俺に正面から抱き着いてきていたのだ。
もう狼に捕まってしまっていたということか……。
この狼さんは卑怯極まりない。人の寝込みを襲ってくるんだから。
しかも凶悪なほどやわらかいそれをこれでもかと押し付けて。
朝っぱらから俺は理性を破壊されないといけないのだろうか。
これはもう朝からズッコンバッコンやっても何も言われないんじゃないか?
俺の狼さんが目を醒ましても文句は言わないでほしいくらいだ。
「ん、むぅ……えへへ~りんくん~。ぎゅーってして~」
……起きてない?むしろ起きてなかったら本当に小悪魔だよ……?
……よし。俺は彼女が寝ているかどうかを確かめるべく覚悟を決めて俺はゆっくりと彼女を抱きしめた。
すると如月さんの頬はだんだんと赤く染まっていく。
それを確認して俺は耳元で小さく「皐月、おはよう」と囁いた。
名前で呼んだのはからかった罰だ。実は俺も恥ずかしかったりする。
如月さんの方を見ると彼女の視線の焦点が明らかにあっておらず、湯気が出そうなほど真っ赤に染まっていた。
俺の背中に回されていた手からも力は抜けていて、難なく立ち上がる。
「朝ごはん作っておくから、目が覚めたら来てね」
「ハイ……」
これで少しはいたずらが減ることを願うばかりだ。
このままじゃいつ俺の理性が崩壊してしまうのかわからないからな。
◇◆◇
朝ごはんを食べ終えた俺たちは、着替えて共に出かける準備を済ませる。恥ずかしながらも俺は昨日和泉さんと一緒に買いに行った服を身に纏って、髪もセットしガチガチの外行きの格好で準備を行った。
その格好を如月さんに見せると彼女はふくれっ面をして不機嫌を呈していた。
「ねえ、それいつ買ったんですか?夏休み前は持ってなかったですよね?」
彼氏の不貞は見逃さない彼女みたいなこと言ってる……。と思いながら俺は事実をそのまま告げる。
「おととい……だけど」
「りんくんが一人で洋服を買いに行くわけがないですよね?誰と買いに行ったんですか?」
失礼極まりない……。けど事実ではあるから、言い返すこともできない。
「和泉さんと買いに行きました……」
「和泉……?あのバレー部のちっちゃい子?」
「うん。その和泉さんで合ってると思う」
すると如月さんはその場でぶつぶつと小言を言い始めた。
その独り言は聞いちゃいけない気がして、俺はその場を離れる。
「如月さん~そろそろ行こ~」
「はいっ。初デートですねっ!あ、でもこれは常におうちデートをしてると言っても過言でもないし……」
もう、如月さんの言葉に耳を傾けるのをやめた。
なんだか最近如月さんがばかになってきてしまったかもしれない。
もう気にしたら負けな気がしてきた。
「いろんなお店があるね~!なんかここに来るのも懐かしいなぁ」
「困ったらここに来ればなんとかなるからね」
如月さんは高い天井を見上げて、声音を少しだけ上げて、興奮したように言う。
「とりあえず荷物にならない小さなものから買っていこうか」
そして俺たちはドラッグストアや雑貨屋などを回って、とりあえず一通り買い揃えたところで、如月さんの洋服関係諸々を買いに行く運びになった。
如月さんも女子高生なのだから時間がかかるだろうなと思っていたら、意外にも早く選び終わっていた。
そして俺を待つことなくレジまで歩いて行った。
え?如月さん財布持ってたの……?
如月さんは一万円札を出して、お釣りをもらうとそのままこっちに駆け寄ってきた。
「意外と安く済みました!」
…………。
俺が無言でいると如月さんは首をかしげる。
「如月さん。財布持ってたの……?」
「それはそうでしょう。だって私が凜くんに誘拐されたときにどこに向かっていたか覚えてないんですか?」
「……コンビニ?」
「そうです。だから財布を持っているのは当たり前のことなのです」
如月さんはえっへんと胸を張る。
よかったぁ……。
俺が生きていけることが決まった瞬間だからか。
安心してベンチに腰を下ろした。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、うん。平気だよ。かなり出費がかさんで、今月はかなりピンチだと思ってたから少し安心しちゃって」
「さっきまで流れるようにりんくんがレジに持って行っちゃうから、言うに言えなかったんですよ」
「ごめんね」と謝るとお昼の十二時を告げる鐘が鳴る。
「もうお昼ですね。お腹すいてます?」
「俺は結構すいたかな。如月さんは?」
「私も結構歩き回ってすいちゃいました。それじゃあ、フードコートまで行きましょう!」
そうして俺たちは昼ご飯を済ますと今日来る理由の一つとなった下着を買いに、ランジェリーショップの前までやってきた。
「行きましょうりんくん!」
「いやいや!俺は入らなくて大丈夫だから引っ張らないでぇ~!」
俺たちはお店の前で攻防を繰り広げていた。
「なんでですか!はぐれちゃうかもしれないじゃないですか!」
「俺は店の前で待ってるから!」
すると俺の手首を握る力が少しだけ弱まる。そして少し俯いて悲しそうな顔をする。
もう騙されない。絶対に。
一分近くこの状況が続いただろうか。
如月さんは全く譲る気がないらしく、俺の手首をつかみ続けている。
ただ、さっきから俺たちを見る視線がとにかく多い。
それもそうだ。こんなお店の前でずっと動かずに手を握り合っているように見えるのだから。
俺はこの視線に耐えきれなくなって、なくなく人生初のランジェリーショップに足を踏み入れたのだった。
「りんくんこんなのどうです?」
如月さんは恥ずかしげもなく、下着を体に合わせて俺に見せてくる。
サイズを隠すこともなく。
C……Cなんだ。じゃなくて!
「うん、似合ってるよ?」
「さっきからりんくん、同じことしか言ってないです」
「うっ、ごめん……」
「りんくんが選んでくれませんか?」
「どうして?」と言おうとして、俺は口をつぐむ。
今の如月さんの浮かべる笑顔にはなんとも形容し難い迫力があったからだ。
だから俺は素直に似合いそうだなと思ったのを如月さんに渡す。
「サイズまで覚えてくれたんですか。嬉しいですっ♪」
確かにサイズとデザインを見て手に取ったけどわざわざ言わなくてもいいじゃん……。
恥ずかしすぎて、もう下しか向いていられない。
「りんくんはこれが私に似合うと思って選んでくれたんですか?」
そう聞かれて俺は何回も首を縦に振る。
「なら買うことにします。まだ少し納得がいっていませんがかわいい凜くんが見られたのでよしとします。お披露目は今夜がいいですか?」
「お、お披露目なんてしなくていいからぁ……」
「ふふっ。冗談です。あ、でも頼まれたら考えてあげなくもないですっ」
もう無理です……心臓が持ちません。
そう感じた俺は俺は猛ダッシュでお店から出た。
「お待たせしました。それじゃあ、今日買うものはもうないですかね?」
「いや、まだあと一つだけあるよ」
「……?なんですか?」
「布団を買って帰ろうと思って」
すると間髪を開けずに如月さんは俺の腕をつかんで「帰りましょう」と言う。
「いやでも……」
「帰りましょう」
「如月さんは一緒じゃ嫌でしょ?狭いし暑いし」
「私はむしろ嬉しいというか……。それに一緒に寝る幸せを味わってしまったので、もう離れて寝るなんてことになったら、布団の中まで追いかけまわしますからね?」
あ、それなら帰ろう。
前途多難な俺の夜はどうなってしまうんだろうか。
頼むから持ってくれよ、俺の理性。
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