第13話絶対に助けるよ

波乱の一日を終え、和泉さんを送った後には既に夜の十時半を回っていた。

疲れももう限界を超え、今にも眠ってしまいそうだったけれど、何とか足を動かして、家までの道を歩いて行く。

点々とあるコンビニが煌々と明かりを灯しているところを見るたびに、そこに寄りたいという気持ちが沸き上がってくる。

でも、早く帰らないと補導されてしまう可能性だってあるので、また歩調を少し早めると俺の目の前を女の子が通っていた。

やけに懐かしいその匂いを感じて、俺は思わず叫んでいた。


「如月さん!」


俺の身体は自然と動き出していて、彼女の腕をつかんでいた。


「……痛いです」


如月さんは気まずそうに顔を伏せてしまう。

「痛い」と言われても俺は彼女の手を離さなかった。

だって彼女の腕はところどころ黒ずんでいたり腫れていたり、痣もいくつか見られたからだ。

俺はここで確信した。

俺の家にいる時には一度も見ることのなかった彼女の素肌。彼女が長袖をずっと着ていた理由。

如月さんはおそらく家庭内暴力――つまりDVに遭っていると。


「離してください⋯⋯」

「嫌だ。絶対に離さないから」


そこで如月さんは腕を振り回して意地でも離させようとするが、俺も負けじと思い如月さんの手首をつかみ続ける。


「なんでっ!私と早川くんの関係はもう終わったんです!」

「じゃあ、なんで泣いてたんだよ!」


そこで如月さんの動きがピタッと止まる。

そこで俺は静かに、でも確かな強さの語気を持って「うちに来い」と言った。


「⋯⋯分かりました」


彼女は肯定していたが俺はどうにも信用が出来なくてずっと彼女の手首を掴んでいた。


「あの、やっぱりいいです」

「何が?これは俺がしたくてやってるから」

「そんなわけない!だって私はあんな勝手な女で!早川くんには嫌な思いしかさせてないのに!」


初めて聞いた彼女の怒号。そして荒い口調。

それは確かな響きを持って俺の心の鐘を鳴らす。


「あれは俺にとっては大事な一ヶ月間だったよ。如月さんと過ごした一ヶ月は確かなものだから。絶対に忘れられない一ヶ月だから」

「嘘。嘘をつかないでよ。私が惨めじゃない」


俺はこれ以上話し合いをしても進まないなと感じて如月さんを俺の家に早く歩かせるように催促した。


彼女はあまり抵抗することなく、大人しく俺に着いてきて、アパートに着いたのは十一時前。

夏休みに入る前ぶりの少し窮屈に感じなくもないこの感じ。

何故か分からないけど俺はホッとしてしまったのだ。


リビングまで招くと如月さんは開口一番に「どうしてこんなお荷物を連れ帰ってきたんですか⋯⋯」と寂しげなか細い声で言う。

「お荷物なんかじゃない。俺は如月さんの話を聞きたくてここに連れてきたんだから」

「私の話を聞いて、早川くんはどうするんですか」





――助けるよ。





所詮、夢を見た高校生の戯言なのかもしれない。

でも、出来ることはしておきたかった。

大好きだったを助けたかった。

あの頃は助けることが出来なかったけど⋯⋯。

今度こそは。


「信じても、いいんですか」

「おう。俺は一度如月さんにベタ惚れしてた男だからな」

「もう、はぐらかさないでください」


そう言う彼女を顔には笑みが浮かんでいた。

でも彼女が話し始めるとだんだんと表情は暗くなっていく。


「私には医者の父がいます。もう気づいてるかも知れませんが私は父にDVを受けています。まあ、この身体を見れば分かりますよね」


彼女は皮肉を言うように、自分を嘲るように口に出す。

反論したくもなる。でも俺はせっかく話してくれてる彼女を止めてはならないと思って必死に口をつぐんだ。


「自分勝手な話ですけど誰も気がついてくれはしませんでした。当然と言えば当然ですけど⋯⋯。でも、そんな時に早川くんが告白してきてくれました。実は早川くんが一人暮らしだという噂を聞いた事があってそのことを利用しようとして付き合ったんです。本当にごめんなさい」


俺は利用されてたのか。

全く気が付かなかった。この瞬間に俺の中では笑い話になった。


「ううん。平気だよ」

「私は、その、自分の身体を差し出して置いてもらおうと思っていたのに早川くんは何もしてこなくて、それで私は自分に耐えきれなくなって、ここを出たんです」


あの涙はきっと溜まりに溜まった罪悪感の結晶のようなものだったのだろう。


「夏休みに入ってからはもう最悪という日々が続いていました。私が勝手に家を抜け出したことを、ものすごく父は怒っていて、DVは激化していました」


だんだんと彼女の辛さを表すように声が掠れる。


「タバコを押し付けられたり、暴力を振られたり、もう⋯⋯毎日毎日が、辛くて、辛くて⋯⋯!どうしようも⋯⋯なくなって、」


彼女の両目からは止めどなく大粒の雫がながれ、泣き崩れてしまった。

もう聞いていられなくなってしまった俺は彼女の頭を抱え込むように腕を回し、胸を貸す。


「りんくん⋯⋯助けて⋯⋯」

「うん。絶対に助ける」


この小さくなった部屋にしばらく鳴き声がこだましていた。





「寝ちゃったか。まあ、大変そうだったしな」


如月さんは泣き疲れて俺の胸で眠ってしまっていた。

その寝顔は少しだけ目が腫れていたけど、とても綺麗だった。

とりあえず彼女を横にしようと寝室に運び、ベッドに寝かせたのだが如月さんは俺のシャツをギュッと握っていて、離してくれそうにない。


「手で我慢してくれよ。お姫様」


なんとかシャツから手を離させて彼女の手と俺の手を繋ぐ。

俺は和泉さんと一日遊んだ疲れも忘れて、彼女をずっと見ていた。



◇◆◇



「りんくん?おはよう?」


耳元で何かを囁かれているのか?

ゆっくりと重い瞼を開けると、如月さんとばっちり目が合った。


「おはよう。如月さん。よく眠れた?」

「おかげさまでよく寝られました。その、なんか迷惑かけちゃったみたいですね」


そして繋がれた手の方に彼女は視線を向ける。

その手を見て自分で繋いだにも関わらず俺は顔が真っ赤に染まるのを感じてしまった。


「ごっ⋯⋯!ごごご、ごめん!」

「ふふっ。大丈夫ですよ。その、私も嬉しかったですから」


ほんのりと顔を赤く染める彼女を見て、如月さんが本当に悪魔であった頃の彼女と同一人物なのかさえ疑わしく思えてくる。


「あの、りんくん。絶対に疲れてますよね?良ければ私が朝ごはんを作っている間、休んでいてください」

「え、朝ごはん作ってくれるの?」

「大したものは作れませんけど⋯⋯ね」

「じゃあちょっと言葉に甘えてもいいかな、ちょっと昨日はいろいろありすぎてまだ眠いんだ」

「はいっ。おやすみなさい」


俺はやっとふかふかのベッドに横になって深い睡眠を取ったのだった。





暑さに耐えきれなくなって俺はハッと目を覚ました。

外を見ると太陽はやけに高く上がっていて、少なくとも朝と呼べる時間帯はとうに過ぎていることを告げていた。

俺は寝室から出ると洗濯をしている如月さんと目が合う。


「りんくん、おはようございます。というよりはもうこんにちはの時間帯ですけどね」

「確かにそうだね。ちょっと寝過ぎちゃった⋯⋯」

「寝顔、可愛かったですよ」


学校一の美少女にこんなことを言われて赤面しない男はいない。

恥ずかしさに耐えきれなくなって、そっぽを向く。

机の上に置いてあったおかずが目に入ったので電子レンジで温めようと思いキッチンに向かった。


待つこと三十秒。温かくなったおかずをもって食卓に座り、「いただきます」という声と共にご飯を食べ始めた。


「あの、りんくん」

「ん?どうかしたの?」

「少しだけ⋯⋯。私が居なくなった事はもう両親が気づいていると思うんですけど、捜索願とかを出されてしまったらどうするんですか⋯⋯?」

「多分それはないと思うよ」

「それは私を安心させるために⋯⋯?一歩間違えたらりんくんは誘拐犯ですよ⋯⋯?」

「違う違う。捜索願は出さないことはほぼ確信してるよ」


如月さんの両親が警察に通報しないだろうというのはハッタリなどではない。

俺には確かな確信がある。

だって如月さんはDVを両親から受けているから。それが全てなのだ。


詳しく説明すると、如月さんの身体にはまだたくさんの傷が残っていることになる。

もし捜索願を出されたとして、ここがバレたとしよう。俺は犯罪者になるかもしれない。

というかなるだろう。でも同時に彼女の両親もDV加害者として犯罪者になってしまうのだ。


「確かにそれなら私の両親も捜索願は出せませんね」

「だからしばらくは安心していいと思うよ」

「それじゃあ、ずっとここにいてもいいんですか⋯⋯?」

「まあ、助けるって言ったからね」

「ありがとうございます⋯⋯!もうなんでも言ってください!りんくんのためならなんでもしますっ!あ、でもえっちなことはほどほどにしてくださいねっ」


俺の中で悪魔だった彼女は、小悪魔的要素を兼ね備えた天使になっていた。




――――――――――――――――――――――――――


だんだんと最初の方で貼った伏線を回収してきてますね!

でもまた少し伏線を貼ってみたり、、!

ぜひ伏線多めのこのラブコメを楽しんでください!


感動した!如月さん可愛い!みたいなことわを思って頂けていると嬉しいです!

良ければお星様。フォローしていって頂けていると嬉しい限りです!

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