第8話夏休みだけどやっぱり一人

もともとそんなに広くはないアパートの一室。

なのに一人になった途端、とてつもなく広く感じてしまう。

もとに戻っただけなのに……。

俺のやけに苦しくなった心の痛みを残して……。

なんでだろう。如月さんがいなくなって嬉しいはずなのに、なぜか全然嬉しいなんて感情が沸き上がってこない。

もうこの一室に彼女がいた痕跡は残っていない。

俺は玄関にうずくまったまま、寂しくなってしまった部屋を見ると視界がやけにゆがんでいた。


「え……」


いつの間にか俺の頬を涙が伝っていた。


「なんでおれ……泣いてんだよ……」


拭っても拭っても涙は溢れてくる。


「なんでっ……!どうしてっ……!」


どうしてこんなに辛いんだよ!

その答えは俺には全く分からなかった。




涙が止まっても謎の脱力感のせいで、何もする気が起きなかった。

俺は癖でベッドではなくソファーに横になった。


「あ、そうか……。もうベッドで寝ていいんだ」


約一か月ぶりの寝室。

その部屋はもぬけの殻になったように何も残っていなかった。

俺はため息を大きくついて、ベッドに横になった。

ふかふかのベッド。すこし暑苦しい布団。そのどれもが懐かしかった。

でも枕には彼女の匂いが明らかに残っていた。

寝れるわけがない。

好きだった彼女の匂い。それが完全に枕に染みついていて、この一か月の思い出がいろいろ蘇ってくる。

特筆して思い出と呼べるものなんてないけど、この一か月、毎日毎日が俺にとっては大事な思い出となっていた。

そしてそれが思い出となったのはついさっきのことだと理解してしまったのだ。


「そうか……。俺はこの日々がずっと続くと思っていたんだ……」


その日の夜は俺は一睡もできなかった。




もう朝か……。

太陽がちょこんと顔を見せていて、時計を見るとまだ四時を回ったあたりだった。

今日も学校がある。行く気にはならないけど、今日さえ過ぎればもう夏休みなのだ。

わざわざ欠席を一日つける必要もないだろう。

学校まではまだかなりの時間が残っているので、せめて一分でも多く寝ようと思て、俺はソファーに場所を移して寝床に着いた。



◇◆◇


キーンコーンカーンコーンと鳴るチャイム音を聞いて、皆が急に盛り上がる。

皆、喜々とした表情をしているのは、もちろん夏休みを迎えたからだろう。

一部、部活があると言って項垂れている人たちもいるが大部分は、大喜びしている。

ああいう人たちは大体、夏休みの宿題をやってこなさそうなんだよな……。

すると俺の肩をトントンと叩かれた。

俺が振り返ると、視線を少し下ろしたところに和泉さんが立っていた。


「どうしたの?」

「りんたん!夏休みの予定って決まってる!?」

「ううん。全然決まってないけど……?」

「なら一緒に遊ぼうよ!」

「もちろんいいよ」


俺がそう答えると、彼女は表情をパッと明るくさせて、これでもかと目をキラキラと光らせた。


「それじゃあ、どこに遊びにいこっか?」

「あの……そのことなんだけど、私、行きたいところがあって……」

「……?遠慮せずに言っていいよ?」

「その……プールに行きたいの!」


プールか。そうなると水着を買わなきゃいけないな。


「いいよ。日時はまたあとで決めよっか?」

「うん!部活終わったら連絡するね!」


夏の間ずっと独りぼっちは何とか回避できるようで、安心の息を漏らす。

でもそれ以外はだいたい独りぼっちなのでゲームとか宿題ばっかりの夏休みになるのだが……。

まあ、そんないつも通りの夏休みでもいいかと思い俺は家路についた。




家について、重くのしかかっていたバッグを下ろすと、浮いてしまうんじゃないかと思うほど体が軽くなるのを感じた。


「あぁ……」


ソファーに腰掛けるとおじさん染みた疲れのこもった声が出てしまう。

如月さんを全く見ない一日も久しぶりだな……。

学校に居ても彼女は目立つので、自然と目に入ってきてしまうことが多いのだ。

しかも昨日までは一緒に住んでいたもんだから、彼女を見ないのは不思議な感覚だ。


「俺……如月さんのことばっか考えちゃってるな……」


自分が自分じゃないみたいだ。

こんなに特定の人に執着する人じゃなっかったと思うんだけどなぁ……。

でも夏休みだし、一か月以上会わないんだから、終わるころには頭になくなっているだろう。


そんなことを考えていたけれど、逆にこの夏休みで間違いだったと気づかされるのだった。



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