第5話冷たさと暖かさ

如月さんが俺の部屋に居候し始めてから数日。

ある程度慣れはしたが、彼女と俺の間にある会話は業務連絡っぽいことだけだ。

俺も彼女も自分のことを進んで語ったりもせず、俺の家にあるのは凍り付くようなほど冷たい空間だけ。

一人暮らしをしているときはそれが普通だったのに、今はとってもこの静かで冷たい空気が気になって仕方がない。

そして今日も今日とて同じテーブルで同じ飯を食べ、異なる時間に学校へ向かうのだった。



◇◆◇



俺が如月さんと付き合ったうわさが立ってからまだ一週間も経っていないのに、すでにうわさは鎮静化され始め、俺を突き刺すような視線は減っていったのだ。

なぜなら学校であまりに俺と如月さんが一緒にいる姿を見かけないがゆえに、自然破局しただとか、付き合い始めたといううわさがそもそも出まかせだったとか。

正直、俺としてはどっちでもよく、なんなら今の方が過ごしやすいからこっちの方が良いと言っても過言ではない。

実際にこうやって廊下を歩きまわっていても、せいぜいこっちを向くのは俺の足音に反応した人だけだ。それ以外の人は気にも留めず、友達と談笑を交わしながらお昼ご飯を箸でつついていた。

俺は購買ですでにパンを買ってきたので、今から屋上に向かうところだ。

今の俺にとっては家にいる時間よりも昼休みのたった数十分が安らぎを与えてくれる一番楽で自然体でいられる時間だ。


屋上が近づいてくると、だんだんと湿気と熱気を含んだ風が頬をかすめるように流れていく。

そして俺は高く上がった太陽の下に出ると、突然彼女の声が横から飛んできた。


「りんたん!」


俺は一瞬体を震わせた。

その呼び方を聞いて、またあいつらがいるのか?という不安を募らせてくる。


「……和泉さんッ!?」


え?まって?どういう格好!?

なんでなんでなんでなんで!?



――なんでスカート履いてないの!?


俺がおずおずと声が飛んできた方向を向くと、Yシャツとその上に薄手のカーディガンしか羽織っていない和泉さんが立っていた。


「ん?なんでりんたんそんなに顔真っ赤っかなの?」


そして和泉さんは俺の視線が向いている方向に気づいて、いじらしそうな笑みを浮かべた。


「あれ~りんたん?もしかして私がスカートを履いてないとか思っちゃってた?」


そして和泉さんがカーディガンをまくろうとしたのが見えて、俺は急いで自分の目をふさいだ。


「お、思ってないから!」

「目をふさぎながら言われても説得力ないよ♪」


目をふさいでいるから視界は真っ暗だったけど、和泉さんがだんだんと近づいてくるのは声の大きさで分かった。

きっと今は俺の目の前にいるんだろう。

そう思っていると「ふぅ~」という声とともにこそばゆく少し夏にしては冷たい風が耳に吹き込んできた。


「ひゃっ!」


つい変な声が出てしまった。


「ごめんね?ちょっと反応がかわいくていじめたくなっちゃった」


和泉さんって意外とSなところあるんだな……。


「大丈夫だよ。それで今日はどうして屋上に?」

「今日一緒にお昼ご飯どうかなって思って?」

「それならそうと最初から言ってよ……」


あの姿は健全な男子高校生にとっては少々刺激が強すぎるのだ……。

心臓に悪い……。


「それじゃああそこのベンチに座って食べようか?」


二人並んで木製のちょっと古びたベンチに腰を下ろして、俺は購買で買ったパンに、和泉さんはお弁当にそれぞれ口をつけた。



◇◆◇


和泉さんは適度に話を振ってくれるから、とても話しやすかったし、一緒に居て楽しかった。それに彼女と共に食べるご飯はいつもの二倍も三倍もおいしく感じた。

家にいるのが如月さんじゃなくて和泉さんだったらなぁ……。なんていう淡い希望を胸に抱いてしまうほどに彼女は俺に暖かさを届けてくれる。


和泉さんはその小さなお弁当の中身を空にすると、どこか真剣な面持ちでいつもよりも近くに感じる空を眺めていた。

そして食事中よりも声音を静かに抑えて「りんたんと如月さん付き合っているのって本当なの?」と聞いてきたのだ。

前だったら濁していて回答していたこの質問。

でも、今この時だけは俺の頭の言うことなんか聞かないで、口が勝手に「付き合ってないよ」と答えてしまっていた。


すると如月さんは申し訳なさそうに俯いてしまった。


「ごめんね……。あの時私が止めてればよかったよね。りんたんはきっと嫌な思いしたよね……」


あの時というのはおそらく、俺が如月さんに告白するきっかけとなったあの日のことだろう。


「別に和泉さんのせいじゃないよ。そうなってしまったことはただの偶然だし、俺だってもう気にしてないから」

「嘘」


和泉さんは端的にその一単語を力強く口にした。


「だって、りんたん最近辛そうだもん」

「そ、そんなことないって」


和泉さんは小さく首を横に振って否定する。


「そんなことあるもん。だって最近はやけにため息が多いし、すごい疲れてそうだし、いつも真面目に授業を受けてるりんたんがうとうとしてるところをよく見るし」


そうだったのか……。

確かに最近は夜中に突然起きてしまうことがあって睡眠不足になりがちだったけど、ため息が多くなってるなんて全然気が付かなかった。


「りんたん。疲れてない?」

「疲れてる……かもしれない」

「じゃあ、おいで?」


そう言って和泉さんは俺の首に手をかけて、自分の方にゆっくりと俺の身体を倒した。


「おやすみ。りんたん」


その言葉はとっても暖かくて、俺は彼女のやさしさに甘えるようにゆっくりと意識を手放した。





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