第4話家の主(ぬし)は俺。俺の主(あるじ)は彼女。

次の日、如月さんは学校を休んだ。もちろん俺の家で。

学校ではすでに俺と如月さんが付き合っているといううわさが出回っており、一日でこんなに人と話すことがあるのかと思うほど話しかけられた。

そしてみんな口をそろえてこう聞いてくる。


「如月さんと付き合っているって本当!?」と。


肯定するのも否定するのも違う気がして、笑ってごまかしたり、にごして答えたりして過ごしているだけで大変な一日だった。

大量の男子生徒から殺気のこもった視線を送られ続けるのはこたえるものがあったのだが……。


そしてその中でも一際強い視線を送ってきていたのが俺がこうなった原因である菅原君だった。

正直言って怖い。今日一日中ガン飛ばされてる感じなんだもん。

だから学校が終わると、質問攻めと彼の視線を避けるように教室を飛び出た。


家に帰れば彼女がいる。嬉しいとも嬉しくないとも言えないもやもやした気持ちがずっと俺の中に残り続けていた。


自分が望まない時は、あっという間にやってきてしまう。

まだ学校を出たばかりぐらいの気分だったのにもうアパートに着いてしまっていた。


自分の家のドアを開くのにこんなに緊張したのは初めてだ。

俺はドアの前で一瞬立ち尽くしてから、ゆっくりと扉を開いた。


「ただいま……」

「おかえりなさい」


家に帰っておかえりなさいと言ってもらえるなんて、久しぶりで心がほっこりする。

すると彼女のそばにある大きなキャリーバッグが目に入った。


「それは……?」

「着替えとか生活必需品もろもろです。どこかに置かせてください」


置かせてくださいって言ってもなぁ……。


このアパートはどこにでもあるいたって普通のアパートだ。リビング以外にはトイレ、キッチン、お風呂、リビング俺の寝室くらいしかない。それにどこかにスペースが余るほど広い部屋でもない。

つまりは彼女の荷物を置くスペースなどないのだ。


「申し訳ないんだけど、そんなに大きなものを置くスペースはないかなぁ……」

「それなら作ってくださいよ」


彼女は淡々とさも当然かのようにそう告げてくる。

そんな態度を取られては俺のイライラとする気持ちも募ってくる。


「あのさぁ……。作ってくださいっておかしいだろ……?」

「別にいいんですよ?反抗的な態度を取っても。ただあなたの身近な人が悲しむ展開にはなるでしょうけど」


弱みを握られているのってこんなにきついのか……。

痴漢冤罪ちかんえんざいにかけられているようなものだ。俺の場合もう手を出してしまっているから、アウトではあるんだけども……。

でも捕まるのは御免だし、両親に迷惑をかけるのも嫌だ。

それなら俺が自分でこの状況を何とかするしかない。


そのために俺ができることは――



「これでいいか?」

「ええ、もう大満足です」


彼女のために自分の部屋を引き渡すことしかなかった。

クローゼットは空にして、服の入っていたカラーボックスをリビングの隅に。

ほかのインテリアは動かすのがほぼ不可能だったので、そのままにして如月さんに使ってもらうことにした。

そしてあっという間に元々俺の寝室だった部屋は如月さん色に染め上げられてしまった。



◇◆◇


お互いに「おやすみ」の一言もなく俺たちは寝床に入った。

俺はソファーで。如月さんはベッドで。

一つ屋根の下で寝ているというのに何の気も起きない。

もう俺は如月さんに対して何にも思っていないんだなと、感じてしまっていた。

如月さんはどう思っているのだろうか。最初から恋愛感情なんてさらさらなかったんだろうし、俺のことをいい気味だとでも思ってみているんだろうか。

だとしたら彼女はどうしようもない悪魔だ。

そんな彼女悪魔を招いてしまったのは俺のせいだし、誰かのせいにするつもりもない。

だから俺のやったことの償いとして気の済むまでここに居させてやろう。

俺は密かにそう心に決めたのだった。



◇◆◇




一日の休養を挟んで如月さんも学校へ行くのを再開する。

だが俺たちは別々の時間に家を出た。

俺から「別々の時間に家を出ないか?」と提案すると彼女は淡白な表情のままあっさりと首を縦に振ったのだ。


不思議とそこに驚きはなかった。

彼女と一緒にいると空気が重い上にこれから長い学校があるというのにそんな重い空気を肺に含みながら過ごすなんて億劫で仕方ないのだ。

相も変わらず、俺を突き刺すような視線は気分を下げさせるものだが······。


ただ彼女を居候させておいて本当に良かったと、今なら本気で思う。

付き合ったという噂だけでもこんなに毎日が過ごしずらいのに、もし俺が如月さんを襲ったなんて噂が出回ってしまったらなんて考えるだけでゾッとする。

学校一の美少女の影響力はとんでもないなとつくづく思う。


俺はこのまま彼女の飼い犬のように首輪をつけられて過ごしていかないとならないのだろうか。


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