第3話美悪魔の目覚め

耐え難い寒さを感じて、俺はゆっくりと瞼を上げた。

開かれっぱなしになっていたカーテンの外は真っ暗になっていて、時計の短針は11時を回っていた。

ふと、隣を見ると少しだけ乱れた制服を身に纏った皐月がすやすやと寝ていた。


――やっちまったぁぁぁ!


付き合った初日に!学校一の美少女と!夜伽よとぎを交わしてしまったぁぁ!

思い出すだけでも顔が熱くなってくる。

きっと彼女の扇情的な表情を俺が忘れることなんて決してないだろう。

それほどまでに俺の記憶に深く刻まれた一夜だった。

幸い、皐月がゴムを持っていたので、そういうことがあるという心配はないと思う。


俺は「はぁ……」とため息をついて、やってしまったものは仕方ないと腹をくくった。

夏だというのに乱れに乱れて汗でピタッと貼りついたシャツの感触は気持ち悪く、今すぐにでも洗い流したいと思って、風呂場に向かい、浴槽に湯を張った。

ベッドの上ですやすやと眠る彼女のことを見ていると、先ほどまで彼女としていたことを鮮明に思い出してしまう。

俺の初めては制服でほんのり特殊なものであった。だけどそれも学生っぽくていいかなんて思ってしまっている自分もいて少し恥ずかしくもなる。

そんな恥ずかしい自分をすべて洗い流しに行くように俺はお風呂に向かった。



◇◆◇



お湯を浴びてさっぱりとした気持ちで出てくると、皐月はすでに目を覚ましていて、ベッドに腰掛けながら頭をうとうととさせていた。


「おはよう、皐月。お風呂はいってくれば?」

「あぁ……うん。入るね」


寝ぼけまなこのまま、覚束おぼつかない足取りで、風呂場へと向かっていく。

眠い時はあんなにとろんとした表情をするのか……。


また、皐月の新しい表情を知って心が昂る。

学校で見る彼女は、あまり感情を表情に出すという印象はない。

だからこそ、新しく見る彼女の表情は俺にとっては新鮮で、俺しか知らないという特別感が皐月に対する独占欲を確かなものにさせていった。




「皐月、着替えをここに置いておくね。男物だけど大丈夫?」

「ありがとう。大丈夫ですよ」


扉一枚越しに聞こえる彼女の声は反響して、俺の耳に届く。それは皐月が俺の目と鼻の先でお風呂に入っていることを否応なく感じさせる。

その扉を開いてしまえば、先ほどは拝むことのできなかった、彼女の肢体や双丘が惜しげもなくさらけ出されていることだろう。

だから、開いてしまいたいという気持ちは確かにあった。

なんとなくだけど、俺が覗いてしまっても皐月も受け入れてくれるだろう。

でも、先ほど俺と皐月がしてしまった行為はなのだ。


高校生が軽率に行っていい行為ではない。

きっとこの扉を一時の感情で開いてしまうのもなんだろう。

だから、俺は踏みとどまって、その場を後にした。



薄いアパートの壁はリビングにまでシャワーの音を届けてくる。

ただその音を遮るように俺の腹の虫が悲鳴を上げていた。


「お腹減った······」


家に帰ってきてからもうすぐ明日。という時間まで何も食べていなかったのだ。お腹が減るのも当然と言えば当然である。

俺は狭いキッチンに立って、気を紛らわすように二人分の夜ご飯を作り始めた。




「お風呂ありがとうございました」


先ほどの眠たそうな声とは打って変わってはっきりとした声が俺の鼓膜を揺らす。


「おかえり、皐月。ゆっくりできた?」


皐月の方にふり返ると少し大きめの服に身を包んだ、ゆるやかな雰囲気の美少女がそこには立っていた。


「はい。とってもリラックス出来ました。ところでとってもいい匂いがするんですけど······?」

「お腹が減ったから二人分の夜ご飯を軽く作っておいたんだ。皐月も食べる?」

「じゃあ、いただきます」


俺と皐月は対面に座って待ちきれないと言わんばかりに食事に手をつけた。

いつもと変わらないチャーハンの味なのに、誰かと食事を同じくしているという事実が普段は無機質な食事を色づけていくように感じる。そう、彼女がいるだけで食卓が華やぐのだ。

そして彼女はおそるおそる俺の作ったチャーハンを口に含んだ。


「おいしい······。とってもおいしいです」

「まあ、一応毎日自炊しているからね」

「それでも凄いです······。私じゃあこんなに美味しく作れませんよ」

「皐月も自炊したりするの?」

「はい。でも自炊するのは時々なのでだからそんなに上手ではないですよ」


◇◆◇


「ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」

「作ってもらいましたし食器は私に洗わせてください」

「ありがと、それじゃあお願いしようかな」


そうして皐月はキッチンに立って食器を洗い始めた。

もし結婚とかしたら、こんな日々が毎日やってくるのかな?

一年後、一ヶ月後も一緒にいるかなんてわからないからこそ、遠い未来の事を想像することが楽しく感じられる。


「その······凛くん?ずっと見られてると恥ずかしいです······」

「ごっ!ごめんっ!嫌だったよね!」

「そんなことないですけど。その······ちょっと恥ずかしかっただけですから······」


皐月に言われて自分がずっと彼女を見ていてしまったことに気づく。


「あの、凛くん。相談、というかお願いがあって」

「······?俺にできることなら聞くよ?」

「ありがとう。それじゃあ······」


――私をここに住まわせてください。



頭の混乱を抑えられない。


「えっと······住まわせてって今日はもう遅いから一日泊めてってことだってことだよね?」

「……いいえ。違います」

「まさか……同棲するってこと!?」

「······はい」

「でも親とか······そもそも俺たちまだ高校生だよ!?」

「私たちはもう高校生らしからぬ事をしたじゃないですか」

「それでも······」


「いいんですよ?私が学校で凛くんに犯されたって言いふらしても。そしたら凛くんはきっと学校中の悪者でしょうね。私に告白してくれる人はたくさんいましたし、きっと学校に行きづらくはなりますよ?それでもいいなら私はもう帰ります」


「ま、待って!今日は遅くなっちゃったのは俺のせいでもあるし、もちろん泊まって、いってもいい。でも、親御さんとかも心配するだろうし……」


「親のことはいいんです。凜くんはおとなしく引き下がって私を泊めてくれるのか、それとも学校への行きずらさと引き換えに私を追い出すのか。決めてください。さすがに家にただで居候って言うのもひどい話ですし、私の身体は自由にしていいですよ」


正直俺の学校の地位なんてたかが知れているし、そこまで影響はないかもしれない。

でも、俺は彼女の切迫しているような、焦っているような瞳を見て


「如月さんの身体はいらない。でもここには居候してもいい」


と敢えて冷たく彼女に言い放った。

俺が犯してしまったを自分自身が本能的に認めないとでも言うように。



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