第9話

「もし、陛下が殿下にお話しくださっていれば……殿下がわたくしを対等に扱ってくださっていればこの様なことにはならなかったというのに。やはりなにも考えていらっしゃらなかった様ですわね。わたくしが死ねば魔力供給は無くなり、その瞬間に殿下が『能無し』になるというのに。臣下に生命線を無理矢理握らせた上で、ちっぽけなプライドを守ろうとした結果が今回の騒動となったこと、ご理解下さいませ」


 契約内容を話すことが出来なかったのは、侯爵のみ。王家には何一つ制約がなかった。故に王は王太子に婚約の意義を話しておくことが出来た筈だ。


「もしわたくしが死んでしまったら、わたくしが呪いをかけたとでもおっしゃったのでしょうか。わたくしには連座になる様な家族はおりませんし、使用人達には申し訳ないけれど、たとえそうなっていたとしても、残るのは『能無し』になった殿下だけ。ふふふ。そうなった時のお二人の顔が見たかったですわ」


 前侯爵には子供がセレネしかいない。セレネに魔力が無い上に王太子の婚約者である事を鑑みて、再婚を随分と勧められたり押し付けられそうになったりしたが、前侯爵は頑として首を縦に振らなかった。セレネが子供を二人以上生んだら一人を侯爵家に臣籍降下してもらうつもりだと言って。それが叶わなかった時は王家に爵位と共に領地を返上するのだとも。おそらくセレネの弱みになる者を増やしたくなかったのだろう。


「ですが、想像が付きますわね。わたくしが王家に嫁いだ後は、毒か魔法で身体を動けなくして『魔力供給装置』扱いにするつもりだったのだろうと。その上で側妃を娶り、その娘に王子を生んで貰うつもりだったのでしょう。父の願いを裏切って」


 重苦しい沈黙に包まれた会場を、セレネはぐるりと見渡す。ここに集う誰一人セレネの心を動かせる者は居ない。


「陛下」


「な、なんだ!?」


 セレネが呼び掛けると、王が身を竦み上がらせる。これ以上何を言われるのか想像つかなかったからだ。


「『わたくしセレネ・ヴィンラードは、本日をもってヴィンラード侯爵位と領地を王家へ返上致します』」


「な、な、なんだとっ!?」


 魔力を込めてセレネが宣言する。魔導契約とは違い拘束力はないが、絶対に引き下がらないという意思の現れだ。この場のすべての人間にセレネの決意が刻み込まれる。


 ヴィンラード侯爵の領地は、セレネが爵位を継いでから領地改革に着手し、前侯爵の時代よりも発展を遂げている。領民にとっては領主など、虐げず税の取り立てが厳しくなければ誰であろうと構わないのだ。故に魔力が無く、しかも女性であるセレネが領主でも気にしないものがほとんどだった。しかし、何事も例外がある。常にセレネを見下し、不満を抱くもの。それは前侯爵が任命した領地の代官だった。彼にとってセレネは目の上のたんこぶであった。隠れて不正に手を染めるくらいには……。故にセレネが爵位と領地を返上すると伝えたら、大喜びで手続きをしていた。


 もし、セレネが領地を離れた後、不正が発覚したとしても、もうセレネにはなんの関係もない。今後どうなろうとも気にもならない。父が、先祖が守ってた領地ですらセレネの枷にはならなかった。


「では、皆様ごきげんよう。もうお会いすることはないと思いますが、何処か遠くの地から皆様のご多幸をお祈り申し上げますわ」

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